Silent night
夢追いのガーネット Side episode
見上げた空に輝く、数多の星々。
その全てを肉眼で見られるほどの視力が人に無い事が、酷くもどかしく感じた。
小学校で習った星座を形成する一つを目に留め、そっと目を細める。
あの星のように、自分も数多くの中から見つけてもらえるような―――そんな存在に、なれるだろうか。
ふぅー、と吐き出した息が白く、そしてどこか寂しく視界に揺れた。
「風邪引くよ」
小まめに掃除していて、小奇麗なベランダにクッションを持ってきて、その上に座って空を仰いでいた紅。
不意にかけられた声に、動いた反動でずり落ちたカーディガンをかけ直しながらその人を見た。
両手に湯気立つマグカップを持って、どこか呆れたような表情で見下ろす彼は、言わずもがな彼女の幼馴染。
同時に、誰よりも愛しいと思える人。
「薄くしてあるよ」
「寝られなくなったら困るもんね。ありがとう」
はい、と差し出されたマグカップを受け取り、紅はそう微笑んだ。
外側は薄い赤色、内側はクリーム色の、厚みあるマグカップから伝わる熱が心地よい。
湯気を払うようにふぅっと息を吹きかければ、普段よりもやや薄めの色のカフェオレがその水面を揺らす。
抱え込むようにもう片方の手も添えて、一口中身を飲む。
少し熱めの…でも、火傷するほどではない温度のそれが内側から身体をじんわりと暖めてくれた。
「中に入らないの?」
「んー…星が見たいかな」
「…あぁ、それで部屋の明かり消してるんだ」
寒さで冷える事を案じてくれたのだろう。
翼の問いかけに、紅は少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。
怒られるかもしれないという心情の現われだったのだが、意外にも彼は溜め息を吐き出しただけだった。
もうすでに自分の行動など慣れている、と言うことだろうか。
「せめて暖房付けなよ」
「でもさ、こうやってベランダの窓が開いてるのに電気代が無駄だと思わない?」
「じゃあ、閉めたら―――…紅が外に居るのに部屋を暖める意味は無いね」
「そう言う事。ま、この寒さが冬の天体観測の醍醐味ですから」
クスクスと笑い、紅はマグカップを持ったまま再び空を仰ぐ。
満天の星空…と呼ぶには、少し周囲の明かりが多すぎた。
町の明かりさえなければ肉眼でも見える星さえ、その闇のヴェールに隠れてしまっている。
「この辺だとあんまり綺麗に見えないね」
「まぁ、それなりに店もあるし…仕方ないんじゃない?」
翼らしい回答に、紅は「そうだね」と呟いた。
生まれたのもこの町なら、育ったのもこの町。
感動するほどの満天の星空を見ることなどそう出来る事ではない。
数年前、家族旅行中に海岸で見上げた空が彼女の脳裏に蘇った。
「海行きたいなぁ」
「…この寒いのに?」
何を突然言い出すんだ、とばかりに翼が怪訝そうな表情で紅を見る。
そんな彼の表情に、紅は自身の言動を振り返った。
確かに脳内ではちゃんと順を追って話が進んでいたのだが、口に出しているのはごく一部。
これでは彼が「突然」と受け取っても仕方が無いな、と苦笑した。
今までの脳内の流れを簡略に説明すれば、彼は漸く納得した様子だ。
「確かに…海なら綺麗に見えるね」
「でも、ここからだと遠いし…兄さん忙しいし…」
連れて行って、と一言言えば、彼はどんなに忙しくともその時間を作ってくれるだろう。
それが分かっているだけに、心根の優しい紅には無理をさせるようなことは言えなかった。
彼女の気持ちを理解しているのだろう。
翼は苦笑にも似た笑みを浮かべ、カップを持たない方の手で彼女の頭を撫でる。
最近は年末と言う事もあり、暁斗が忙しくしているのは知っている。
紅が身体を壊さないだろうかと言う心配と共に、寂しさを感じている事も知っていた。
自分の前だけで顔を覗かせるその気持ちが嬉しくない男などいるのだろうか。
翼はひょいとベランダを乗り越え、紅の隣に降り立つ。
待っていましたとばかりに肩に乗せられる頭を撫でながら、彼女と同じように星を仰いだ。
「俺がバイクの免許取ったら…連れてってあげるよ」
ポツリと。
その言葉に驚いたのは、紅だけではなかった。
あまりにも自然に零れ落ちていたそれに、翼自身も表情に出さないながらも驚く。
だが、嬉しそうに…そして、少し照れたように笑って頷く彼女に、無意識の言葉に感謝した。
「バイクの免許かー…随分先だね」
「年単位だね。待てないなら…他の奴に連れてってもらう?」
「頷くなんてありえない、って顔してるよ」
その発言も得意げな表情も、何もかもが彼らしくて。
クスクスと小さく笑い、紅は翼の腕に自身のそれを絡めた。
「待ってるから…連れて行ってね」
「ああ」
「忘れたら許さないから」
「さぁ、どっちが先に忘れるかな」
「忘れた方が一日使いっぱしりだね」
紅が笑いながらそう言えば、上等、と言う返事が返ってくる。
そう言いながらも、二人とも分かっているだろう。
この勝負に、恐らく勝者も敗者も出ないであろうことを。
少なくとも、自分は忘れる事なんてありえないと断言できるのだから。
「っと。いつの間にか日付変わってたんだ?」
暗さに目が慣れていたお蔭か、紅の部屋の中の壁掛け時計の指す時間が見えた。
日付が変わって、3分ほどのところを長針が貫いている。
彼の言葉に同じく時計を見上げた後、彼女は部屋の中に向かって手を伸ばす。
そして、ベッドの脇に置いてあった、綺麗にラッピングされたそれを引き寄せた。
「はい、クリスマスプレゼント」
クリスチャンじゃないけどね、と笑いながら、翼にそれを差し出した。
ありがと。そうお礼を言いながらそれを受け取って、その足で自身の部屋の中へと置いてくる。
そうして戻ってくるなり、翼は紅に「目、閉じて」と告げた。
素直に視界を閉ざせば、さっき見上げていた空も、そして翼も見えなくなる。
闇の世界は外の寒さをより強調した。
だが、それに身を震わせるよりも早く、額に温かい熱が触れ、そして離れていく。
思わず目を開く紅の視界に映ったのは、悪戯が成功した子供のような目を見せる彼だった。
「プレゼント。他にも欲しい?」
首を傾げてそう問いかければ、紅の頬に朱が走る。
そして、勢いよく首を横に振った。
残念、と言いながら彼女の腕を解放する彼だが、その表情は寧ろ楽しんでいるように見える。
「さて、と。目的も果たせたし…そろそろ中に戻ろうか。あんまり外に連れ出してると暁斗に怒られるしね」
「うん」
「んじゃ、また明日な。10時に迎えに来るから、寝坊するなよ」
ポンポンと紅の頭を撫でると、彼は空になったマグカップ二つを片手で持って部屋に戻っていく。
暫くそれを見送っていた紅だが、やがて彼女も外よりは温かい室内へと戻った。
こちらを見ていた彼にガラス2枚越しに「おやすみ」と告げて、カーテンを閉ざす。
そして、まるで腰が抜けたかのようにそのままずるずると座り込んだ。
「は、初めてでもあるまいし…何でこんなに照れなきゃいけないのよ…」
そう言ってみても、やはり頬の熱は引いてくれない。
本当ならばもう暫く外で火照りを冷ましたかったのだが…この場合は仕方がないだろう。
眠れるかなぁと何とか思考を別のところに持っていきながら、就寝準備に入る。
紅が、カーディガンの裾に付けられていたブローチに気付くまで、あと3分―――
「25日だと流石に混んでるね…」
「うん。ここまでカップルばっかりだと見事だね。家でゆっくりしてればいいのにさ…」
「クスクス…同じように映画館まで足を伸ばしてる人のセリフじゃないよ、それ」
「…考えることは皆同じ、って事かな」
「翼」
「うん?――――!」
「プレゼント、ありがとう。昨日…じゃなくて今日、言えなかったから」
「…紅もやるようになったね」
「誰かさんに鍛えられましたから」
Merry Christmas!!
[ 2006年クリスマスドリーム ]
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06.12.24