Questionシリーズ
夢追いのガーネット Side episode
Question:恋人とサッカー、どっちが好き?
「何、この質問」
「答えににくい質問ベスト100を作る為のアンケートだって」
「何それ…誰の企画?」
「悠希」
水道で洗っていたドリンクボトルの水気を拭いながら、紅は淡々と答えた。
彼女の答えに翼は大きく溜め息を吐き出す。
悠希との付き合いが深いわけではなく、それこそ紅を介して知り合った関係と言うのが妥当なところ。
そんな彼でさえ、彼女の性格は自由奔放だと断言できる。
「これってサッカー部だけのアンケート?」
「違うわ。クラス内の委員が、クラスメイト一人ひとりに対しての質問を考えたのよ」
そう言いながら彼女もふぅと溜め息を漏らした。
こんな事をして何の意味があるのかわからない。
よく、教師達が止めなかったものだ、と彼女は思った。
「何を基準に考えてあるんだか」
「だから、答えにくい質問」
さっき言ったでしょ?と彼女は首を傾げる。
丁度最後のボトルの水気を綺麗に拭い終えたところで、空のそれが彼女の手から籠へと所在を移される。
「で、俺はこの質問に答えなきゃならないの?」
「まぁ、一応ね。適当に答えればいいんじゃないの?どうせ、本音かどうかなんて確かめられないんだし」
渡された紙切れを放り出しそうな翼に、紅は肩を竦める。
彼の性格からすれば、こんなくだらない質問に答えるのは時間の無駄…と言ったところだろうか。
彼女自身も同感なので、特に強制するつもりは無い。
生徒会長である自分の休んでいる間に妙な企画を立ててしまう彼女には、諦めすら浮かんでいる。
「ところで、紅は?」
「何が?」
「質問。どんなのだったわけ?」
彼の問いかけに、紅は目に見えてピタリと静止する。
だが、それはほんの一瞬の事。
彼が気付けたのは、その付き合いの長さが物を言ったのだろう。
「何、やっぱり答えにくい質問なんだ?」
「まぁ、ね」
あの親友が企画しているのだ。
生徒会長だけは免除…と言う展開になどなるはずもなく、紅の荷物の中には翼が手にしているのと同じプリントが入っている。
もちろん、その内容は違う。
彼女が翼に出された質問の答えを求められたのだとすれば、回答までの時間は1秒と要らない。
サッカーは好きだけれど、彼女の中でそれが恋人…つまりは、翼以上に位置づけられる事などありえないのだ。
翼あってのサッカー好き、と言っても過言ではないのだから。
「で、内容は?」
自分のものだけを教えて終わり、と言うつもりは更々ないらしい。
にっこりと深まった笑顔に、紅は逃れられないと覚悟した。
「好きな動物」
「はい、嘘」
「…嫌いな教師」
「ま、紅の性格からすれば堂々とは言いにくいよね。でも、それも嘘」
「……好きな人のフルネーム」
「全校生徒が知ってるような内容なわけないよね、あいつが考えたんだろうし」
考えを詰まらせる暇すらない。
暫し考え、適当な事を口にする彼女に対し、翼は容赦なく切り捨てる。
尤も、これで彼が引き下がるとは思っていない。
ただ…そう。
考えを纏める時間が欲しかった。
「………はぁ。大好きな兄姉と恋人、よ」
「…暁斗と玲…もしくは俺って事か。佐倉の考えそうなことだね。
って言うか、その答えが聞きたくてこの企画を立ち上げたんだろうね、恐らく」
呆れたようにそう言った彼に、紅自身も「そうだろう」と頷く。
面と向かって聞いてくればいいと思うのだが、それをせずに紅の良心に委ねる辺りのやり方が何とも姑息だ。
生徒会長としての不正が好きではない真面目な性格が、完全に逆手に取られていた。
「紅こそ適当に答えればいいのに………出来ないんだろうね、不器用だから」
「放っておいて…」
「…深く考えずに、一番に浮かんだ方にすればいいのに」
「…翼がそれを言う?」
その考えを採用するとなると、用紙を渡された時点で浮かんだ方と言う事になる。
そうなれば…その時に隣の席に居た翼が浮かんでしまうのは、当然といえば当然ではないだろうか。
思い出すよりも、視覚として飛び込んでくる情報の方が先に来るのは当たり前の事だ。
「そもそも、基準が悪いわよね。家族と恋人を選べるわけ無いじゃないの」
「だから答えにくい質問なんだろ?」
「これは答えにくい以前の問題だわ」
むぅ、と口を尖らせる彼女に、翼は先ほどまで悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。
少なくとも、彼女ほど大げさには考えていないのだから、その点では楽だ。
水道のコンクリートに凭れるように背中をつけた彼女は、そこで深く溜め息を吐いた。
どちらかを選んでしまうのは簡単だ。
だが、選ばなかった方に悪いような…そんな罪悪感が鎌首を擡げるのは分かりきっている。
そんな些細な事を気にするような三人ではないとわかっているのだけれど。
「紅」
「うん?」
「俺の答え、教えてあげようか?」
百面相、というよりは寧ろその表情を固定してしまっている彼女に、翼がそう声を掛けた。
一瞬何を言われたのか分からず、彼女は眉間の皺も忘れてきょとんと彼を見つめる。
だが、その内容が脳内で正しく取り次がれるなり目を瞬かせた。
「え、でも…いいよ、別に」
聞きたいわけじゃないから、と彼女は首と手を振る。
普通、曲がりなりにも交際しているならば、彼の答えは気になるところだろう。
しかし、自分達の関係と言えば、どこか幼馴染の延長線のようにも思う。
そんな小さなことを気にするほど浅い付き合いでもなければ、自分だろうと即答できるほどに自惚れてもいない。
ただ、言うならば…彼に対する、信頼のような物が目の前にあった。
「俺に合わせろとは言わないけど…聞けば、考えるのが楽なんじゃない?」
「そ…んなこと、ないけど…?」
「目が泳いでるよ」
彼の言葉に目だけではなく顔そのものを背けようとする。
だが、それは前から伸びてきた彼の手によってスイと絡め取られ、引き戻された。
真剣で、でもどこか楽しんでいる彼の目に、少し困ったような表情の自身が映る。
「俺にとってサッカーは生活の一部だよ。で、紅は…」
結局、話さないと言う選択肢など初めから用意していなかったらしい。
有無を言わさず語りだす彼に、紅はすでに諦めて傍聴姿勢を取っていた。
自身の名前の後、彼は言葉を纏めるように一旦それを区切る。
再び口を開くまでは、10秒ほどを要した。
「紅は…」
「あ、居た居た!!紅!!ドリンクの片づけをしたら剣道部に顔を出す約束でしょー!?何いちゃついてるの!」
翼の声を遮るように聞こえてきた声に、紅は挙動不審に辺りを見回す。
一方、遮られた彼の方は不機嫌に声の方を向いた。
水道のすぐ傍の、丁度真上に位置する2階から顔を覗かせている今回の元凶、悠希。
「あ、ごめん!すぐに行くから…」
「まったくー…。3分で道場まで来てよ」
頑張ってね、と笑いながら彼女が顔を引っ込める。
この場所から一旦籠を置きに部室に戻って、更に道場に向かうとなると…頑張っても3分掛かる。
思わず口元を引きつらせた彼女は、すぐに翼の方を向いた。
「ってことだから、この話はまた帰りに…っ!?」
ぐいっと腕を引かれ、紅は籠を取り落とさないように握り締める。
だが、体勢が崩れるのまでは止められなかった。
「紅は空気みたいなもんだよ」
耳元に唇を寄せて囁くついでに、彼女の腕から籠を取り上げていく。
そして、そのまま固まってしまった彼女に背を向けて部室の方へと歩き出した。
数歩進んだ所で、彼は首だけを振り向かせる。
「早く行かないとやばいんじゃないの?」
「あ、うん。行って来る」
まだ脳内は整理に追われているようだったが、半ば条件反射のように動き出す。
そんな彼女を見送り、翼は声を出さずに笑っていた。
Question:恋人とサッカー、どっちが好き?
Answer:愚問、だね。
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06.12.13