Promise
夢追いのガーネット Side episode

「翼ー」
「ん?」
「今度の夏祭り、柾輝達と行くの?」
「…行く予定は無いよ」

短く返ってきた答えに、紅は少しばかり眉を寄せる。
柾輝達と行く予定が無いのか、それとも夏祭り自体に行く予定が無いのか。
どちらとも取れる返事に彼女の脳内は必死に動いていた。
そんな彼女に気付いたのか、翼はクスリと笑って続ける。

「行きたいんでしょ?祭り」
「…わかってるなら初めから言ってくれればいいのに」
「そのまま返すよ。行きたければ素直に言えば?」

俺が断ると思った?と彼は笑う。
その悪戯めいた表情に、からかわれたのだと悟るまでに時間は掛からなかった。

「夏祭り、行こ?」
「いいよ。6時に迎えに来るから」
「うん!」

即座に返ってきた肯定に、紅は顔を綻ばせて頷いた。
そんな彼女に笑みを返すと翼は思い出したように「あ」と声を上げる。

「浴衣着なくていいよ」
「何で?」
「去年足を痛めただろ。今年はゆっくり回りたいって言ってたじゃん」
「あー…そんな事もあったね…」

慣れない浴衣は足元も不安定で、気がつけば指先を痛めていた。
口には出さなかったのだが、それに気付いた翼がそれ以上を拒否して半分も回れなかったのだ。
苦い思い出、と言うよりは、彼の優しさを感じた思い出だったりするのだが…。
回れなかった、と言う後悔を思い出した紅は素直に頷いた。








その週末、紅は準備を整えて玄関で腕時計を睨みつけていた。
時刻は迎えに行く言われた6時に15分ほど足りない。
外で待っていようかとも考えたのだが、薄く開けた玄関のドアから差し込んできた熱気に思わず閉じてしまった。

「何時くらいに帰って来るんだ?」
「花火が終わったら帰るよ」

リビングから顔を出した暁斗の質問に、首だけをそちらに向けて答える。
紅が少しでも涼しいようにと、リビングのドアは開かれたままで、廊下にはエアコンの冷気が流れてきている。

「花火は何時からだった?」
「んー…忘れた。あ、夕食は向こうの屋台で適当に済ませるつもりなんだけど、兄さんはどうする?」
「適当に食べるから気にすんな」

彼がそう答え終わるとほぼ同時に、インターホンが鳴る。
よっと立ち上がると、彼女はそのままドアに手をかけた。

「行って来ます」
「おー。楽しんで来い」

そんな声に見送られ、紅は家を飛び出した。















「花火って何時から?」
「7時だろ、たぶん」
「そっか。じゃあ、それまでにしっかり回らないとね」

そう言って歩き出せば、くいと腕を引かれて元の場所へと逆戻り。
引かれた腕を振り向くと呆れた表情を浮かべる翼が見えた。

「何すんの」
「そうやって去年迷子になりかけた馬鹿は誰だっけ?」
「………………」

よく覚えていらっしゃる、と言う言葉はとりあえず飲み込んでおいた。
でなければお説教が数分間続いて大変なタイムロスになっただろう。
脳内で自身を褒め称えつつも、去年の事を思い出した紅は肩を落として反省の表情を浮かべる。

「ほら、行くよ」

腕を掴んでいた手が自身の手を絡め取っていく。
その動作があまりにも自然で、紅はクスリと口元を緩めた。
ぎゅっと手を握り返して、どこに行く?と声を掛ける。

「とりあえず…何か食べる?」
「そうだね。翼は夕食用意してもらってるの?」
「食べてくるって話してきた」
「んじゃ、しっかり回らないとね」

そう言って、紅は彼の手を引いて屋台の方へと歩き出す。
人の波に乗る形で移動していても流されるだけで、時にはそれに逆らいつつ進むのは中々困難だ。
結構な人出の中、落ち着ける場所を探す事は難しいと判断し、歩きながら食べられるものを選んでいく。
そうして適度に食事を済ませた紅の目に、とある屋台が留まる。

「どうかした?」

彼女の足が止まった事に気付いた翼は、彼女へと視線を向けつつ尋ねる。
そんな彼を振り向かずに、握った手とは逆のそれで彼の服をつんつんと引き、先程の屋台を指差した。

「金魚掬い?」
「そう。懐かしいね」
「そう言えば、小学校の時だっけ?一緒に金魚を飼ってたのって」
「あ、やっぱり覚えてるんだ?」

クスクスと笑いながら、過去の記憶に想いをめぐらせる。
あの時はまだまだ幼かった二人は、暁斗と玲に連れられて祭り会場を訪れた。
二人で出かける事など考えもしなかったあの頃を思えば、成長したんだと言う実感がわく。

「出目金だったっけ」
「そうそう。赤いのと黒いの」

生き物は世話が大変だから、とやんわり止めようとする二人を押し切って、掬った中から二匹だけ飼う事を許された。
その時を思い出したのか、紅は思わず苦笑を浮かべる。

「あの時は二人して騒いで、兄さん達を困らせたよね」
「…そこまでは覚えてないよ」
「嘘ばっかり。ね、あの時の約束も…覚えてるんでしょ?」

下から覗き込むようにして、紅は翼に問いかける。
その表情は、わかっている答えを待つ楽しげなものだった。
返事の代わりに、翼は彼女の手を引いて金魚掬いの屋台へと歩いていく。

「1回やらせて」
「あいよ」

小銭入れから百円硬貨を三枚取り出し、差し出してきた屋台のおじさんの手に乗せる。
代わりに薄く紙の張ったそれとボウルを受け取った。
浅い水槽の前にしゃがみ込んだ翼の後ろに立ち、水面を覗き込む紅。
黒や赤の金魚がスイスイと涼しげに水槽の中を泳いでいるのが目に入る。

「どれ?」
「んー…赤いの」
「…どこの赤いの?」
「翼の前を泳いでる子」

金魚には詳しくないので、出目金以外の名前はわからない。
仕方なく、紅は彼の隣にしゃがみ込んで近づけすぎない程度に金魚を指差した。

「掬える?」
「ん」

短く答えると同時に、翼が手に持っていたそれが水に沈む。
パシャンと小さく水面を揺らし、次の瞬間には赤い金魚はボウルの中を泳いでいた。
一度は水に沈んだ薄い紙も、破れていない。

「一匹にする?」
「…寂しいだろうから…もう一匹だけ掬える?」
「いいよ。次はどれ?」
「じゃあ、そっちの黒い斑点のある子がいい」

そっち、と指差していた金魚はスイスイと泳いで、言い終わる頃には丁度翼の前。
ひょいと彼の腕が動いたかと思えば、その金魚と先程の赤い金魚が仲良くボウルの中を泳いでいる。
いとも簡単に二匹を掬い上げてしまった彼に、それを見ていた周囲から「おぉ」と感心の声が上がった。
だが、当の本人はそんな事は気にしていないのか、まだ1ミリも破れた様子の無い紙のそれとボウルを差し出す。

「もういいのか?」
「うん。それでいいよ。無駄に追い回したくないし」

翼の返答に、珍しい客だ、と笑いつつ屋台の主はそれを受け取る。
ボウルの中の二匹を透明の袋に移し、口を閉じた紐を持って翼にそれを差し出した。

「ほら」
「ありがとう」

翼はそのまま紅へとそれを渡す。
中に泳ぐ金魚を見て目を細めて微笑む彼女に、彼も満足げな表情を浮かべた。
そして、歩いてきた時と同じように手を繋いで歩き出す。
何とも微笑ましいカップルに、屋台のおじさんが目を細めていたと言うのは、彼女らの知らぬ事である。

夜空を美しく彩る華の下で、二人と共に二匹の金魚が涼しげに泳いでいた。





「翼が連れて帰るんだよね?」
「うん。紅の家は水槽が無いって言ってたし…」
「…また見に行かせてね」
「もちろん」
「あー…私も世話したい」
「一緒に世話するんだよ。それに…大きくなったら、暁斗じゃなくて僕が紅に金魚を取ってあげる」
「…うん!じゃあ、その時は私が育てるね!」






『紅が金魚連れて帰るから』

そんなメールが暁斗の携帯に届き、彼が物置から水槽やらポンプやらを持ち出すはめになったと言うのはまた別の話。

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06.08.15