夢追いのガーネット
Idle talk 16.5

「じゃあ、ゆっくりでいいからね」
「あ!」

そう言って立ち去ろうとした紅を、彼は思わず呼び止めた。
ん?と足を止めて視線を返されて、その後に続ける言葉に困る。

「えっと………さん付け、苦手なんだ」
「…別に気にしなくてもいいのに。呼び捨てで構わないよ。若菜くんにもそう言ったし」
「じゃあ…………雪耶」
「何?」

呼ばれて返事を返せば、彼は「用は無い」と慌てる。
そんな彼の様子を見て紅は再びクスクスと笑う。

「慣れるまで何度でも呼んでくれていいよ。マネージャーって呼ばれ方、好きじゃないんだ」
「あ…りがとう」
「お礼言われるところじゃないと思うけど…どういたしまして」
「俺も、呼び捨てでいいから」
「じゃあ、お言葉に甘えて。…真田、そろそろ行った方がいいよ。濡れたままだと風邪引くから」

そういい終えると、今度こそ踵を返す紅。
彼の携帯に初めて家族以外の女性の番号が登録される事になった。








「あれ?一馬、またシャワー浴びてきたの?」
「あぁ」
「ま、流石にあのままじゃ居られねぇもんな」

同室だった若菜が真田に向かって頷く。
濡れた髪にタオルを乗せ、彼はベッドに腰掛けた。
若菜と郭、そして真田は、運良く三人で一部屋だ。
気兼ねなく三日間を過ごす事ができる、と喜んだのはまだ記憶に新しい。
真田が時間を確かめようとポケットの携帯を取り出すと、それ一緒に鍵が転がり出てきた。

「夕食の時にはシャワールームは施錠するって言ってなかった?」
「あー…借りた」

郭の言葉に彼はかなり説明を省略してそう言った。
そして、今しがたポケットから出てきた鍵を見て思い出す。
携帯を操作し、目当てのアドレスを呼び出すとメール画面を開いた。
そこで、彼の指は止まる。

「………どした?」

画面を見つめ、ボタンに指を掛けたままぴたりと静止する真田。
そんな彼を不審に思った若菜がそっと問いかける。
彼の声にも反応出来ないほどに、真田は悩んだ。

「何て打てばいいんだ…?」
「何を?」
「メール」
「誰に?」
「雪耶に―――って!結人!何覗いてんだよ!!」
「…英士!!一馬の携帯に雪耶のアドレス発見!!」

いつの間にか背後に回っていた若菜に気付き、慌てて携帯を閉じるも後の祭り。
しっかり画面を見られていたらしく、彼は驚いた様子で郭を呼んだ。

「………雪耶って…あのマネージャー?」
「…うん」
「いつの間にアドレスなんて交換したんだよ?」
「さっき。シャワールームの鍵貸すから、使い終わったら連絡くれって…」
「で、アドレスを聞いたわけだ」

ひょいっと脇から携帯を掠め取られ、それはいとも簡単に郭の手元に渡る。
未だ白紙のメールの宛先には捻りも無く『雪耶』とだけ記載されていた。

「一馬にしては手が早いね」
「そんなんじゃないって!」
「いいなー…俺にもアドレス教えてくれよ」
「本人に言えよ」

真田が苦し紛れにそう言うと、若菜はそれもそうだと頷く。
どうやって聞くのかと思いきや、彼は郭の持っていた携帯(真田の)に向かって手を差し出す。
心得たり、と郭の方も即座にそれを手渡した。

「お、おい!」
「はいはい。一馬は黙ってなよ」

携帯を渡すなり、真田の反応など手に取るように理解しているのか郭は彼の首根っこを掴む。
そうしている間に、若菜は番号へと電話をかけた―――














「誰かの携帯鳴ってねぇ?」

飛葉中四人が同じ部屋と言うのは、恐らく玲が手を回したのだろう。
もしくは、案外学校名で集めているのかもしれない。
どちらにせよ、その部屋の中に集まっているのはいつものメンバーだった。
賑わう中、ふと五助が着信音に気付く。

「あ、私。ちょっとごめんね」

それぞれが携帯を取り出し、自身のそれを確認する。
メロディを奏でていたのは紅のものらしく、彼女はそれを片手に少し彼らから距離をとった。

「はい。…うん、そうだけど………若菜?」

電話口から聞こえてきた名前を思わず復唱する紅。
飛葉四人組みもその名前に反応を見せた。
彼らの視線に気付いた紅は、手で「外で話してくる」と伝えると部屋を出て行く。
残された四人は顔を見合わせた。









「ごめんね。で、何で若菜が掛けてくるの?」
『一馬の携帯から電話してるんだ。あ、ちなみにこの番号一馬のだから。登録してやってくれよ』
「それは構わないけど…」
『で、俺も雪耶のアドレス聞いていい?』
「………私、あんまりメールとかしないよ。それでもよければ」

一応それだけは言っておく。
携帯はよく使うし、アドレス帳にも結構な人数のそれが入っているわけだが…あまり連絡を取る方ではない。
どちらかと言うと向こうから掛かって来たり送られて来たものに答え、その遣り取りが続くと言うのが主だ。
そう言ってはみたが、若菜はそれでOKと声からでも笑っているのがわかる。

「なら、構わないよ。アドレスは真田に聞いてくれていいから」
『さんきゅ!後で俺のも送るから』
「…若菜くんの、登録しておいていいの?」
『寧ろしてほしい。あ、俺も呼び捨てで宜しくな』

元気の良い彼の声に、紅はクスクスと笑いながら「了解、若菜」と答える。
そこでふとどのくらい話しているのだろうと気になった。
話す事自体は構わないのだが、相手からの着信なので通話料は当然向こう持ち。
その携帯の持ち主である真田が一身に受ける事になってしまうのだ。
それを理由に電話を彼に戻してもらおうと口を開く紅だが、不意に電話口から聞こえる声の質が変わる。

「――――…誰?」
『誰って…郭だけど』
「郭……何だか、電話だと凄く声が変わるね」

わからなかったよ、と紅は言う。
まだ慣れないが、聞いていれば確かに郭の声だと気づく事は出来ただろう。

『俺もアドレス聞いておいていい?』
「うん。郭くんなら頻繁に連絡は取り合わないだろうけど。若菜にも言ったけど、真田に聞いてくれればいいから」
『わかった。ありがとう。一馬、返す』

最後の言葉は持ち主に向けたものらしく、気がつけば携帯から聞こえる声は真田のものへと変わっていた。
どこか疲れた様子の見える声に、よほど抵抗したらしいなと苦笑を浮かべる。

『ごめんな。何か二人に教える事に…』
「別にいいよ。変な事に使わなければ。あぁ、二人にアドレスを見せてあげてね」
『わかった』
「それから…今から鍵貰いに行ってもいい?」

始めこそ自分が渡しに行くと言っていた真田だが、ついでだからと頷かない紅に彼の方が折れる。
部屋番号を聞き、30分以内にそちらに行くと伝えて電話は終了。
表示された通話時間に軽く目を見開くが、今更どうしようもなく…真田に頑張ってもらうしかないだろう。
着信履歴から彼の番号をアドレス帳に登録しつつ、紅は部屋の中に戻る。

「おかえり。長かったな」
「うん。色々と話し込んでたら長くなった。今から鍵を受け取りに行ってくるね」

そう言ってベッドの上に纏めて置いてあった財布の中から自分のそれを持ち上げてポケットに押し込む。
反対のポケットに携帯を入れた所で、翼が立ち上がるのが見えた。

「俺も行く」
「?すぐ戻るよ?」
「あ、じゃあ俺らも行こうぜ。自販機にアイスあっただろ」

それが本音だったのか、はたまた別の理由があるのかはわからない。
兎にも角にも、紅は鍵を取りに、彼らはアイスを買いにいくと言う事で共に部屋を後にするのだった。

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06.06.10