夢追いのガーネット
Episode High School April
一緒に来てと言われて、一緒に行くと答えた日から一週間。
暁斗に、翼から誘われて、自分も着いて行きたいのだと話した。
「じゃあ、スポーツ事業部の件は考えたんだな?」
「うん。面接を受けます」
お願いします、と紅は頭を下げた。
兄に対しての言葉ではなく、社長であり、社会人として働く彼に対しての言葉だ。
姿勢を正し、真剣な表情の妹に、暁斗は小さく笑った。
「ああ。人事部には面接希望が一人って話を通しておく。
卒業見込証明書とか、必要書類があるから…次の面談までに担任に伝えておけよ」
「わかった。二者面談もあるし、その時に伝えるね」
「そうだな…面接は秋だから、それで構わないだろ」
頷いた暁斗がコーヒーを飲み干す。
そして、テーブルの上の携帯を取り、カレンダーを確認した。
「じゃあ、お前らがスペインに渡る時には俺も向こうに拠点を戻すか…」
「そうなの?でも、姉さんは?」
「そりゃ、連れてく事になるだろうな。まぁ、シーズンには監督として戻ってくるさ」
玲はどこかのクラブに所属しているわけではないから、年中忙しくなると言う事はない。
選抜が招集される時だけ日本に戻ればいいだけの話だ。
尤も、彼女が日本を離れる事を良しとしなければ、話は振出しに戻るけれど。
「紅」
「はい?」
空になったマグカップを片付けようと持ち上げたところで声をかけられた。
顔を上げた紅に、暁斗は真剣な表情を見せる。
「翼を呼べ」
「翼…?…あ」
呼べと言われて、思い出す。
そう言えば、翼に暁斗の都合の良い時間を教えてほしいと言われていた。
「ごめん、兄さん。そう言えば、翼が兄さんと会いたがってた」
「…だろうな。まぁ、当然だ」
「?」
よくわからない紅は首を傾げたけれど、暁斗に促されて携帯を取り出す。
翼にメールを送れば、すぐに、今から行くと返事が来た。
「今から来るって」
「そうか」
「私はどうしたらいい?」
そう質問した紅に、暁斗は苦笑した。
「お前、何で翼が来るのか…わかってないだろ」
図星だ。
思わず口を噤む彼女を見て、やっぱりな、と笑う暁斗。
頭が悪いわけでも、天然と言うわけでもないのに、時々こう言う事がある。
その時、インターホンが鳴った。
「お前も一緒にいろよ。つーか、玄関で翼に聞け」
「…わかった」
どうやら、その理由を教えてくれるつもりはないようだ。
紅は腑に落ちない様子で玄関へと向かう。
「どうぞ」
「お邪魔します」
玄関から翼を呼び、家の中に迎え入れる。
靴を揃えたところで翼に向かって問いかけた。
「ねぇ、翼。何の話?」
「何の話って…それが何の話?」
「もう!謎かけじゃなくて!何の話に来たの?」
意味が分からない、と言った様子の翼に先を促す。
質問を重ねると、珍しくも呆気に取られた表情の彼。
「何のって…わかってなかったの?」
「もー…兄さんと同じような反応。わからないから聞いてるんでしょ」
二人して、一体何を考えているのだろうか。
自分が彼らの考えに追いついていない事は明白だ。
「同棲するから、許可をもらいに来たんだけど」
「……………」
翼の言葉に紅は黙り込んだ。
きょとん、と二・三度、瞬きをする。
「…許可がいるものだっけ?」
思わぬ反応が返ってきて、今度は翼が目を見開く番だった。
「いや、なくても出来るけどさ…卒業後すぐにって言うんだから、やっぱりね」
「そう、かなぁ…何だか、当然の流れだからあんまり気にしてなかった。そっか…許可か…盲点だったな」
紅の中では、これから先も隣に翼がいると言う事は既に決定事項だ。
そう簡単に覆るものではなく、今回の話もある意味では当然の流れだと感じているらしい。
あまり実感がなかったと言うのが一番近い状況だろうか。
「紅…今、すごい事言ったって自覚、ある?」
「え?」
「うん、ないんだろうね」
そう呟いて溜め息を吐き出す翼の頬は、心なしか赤らんでいる。
これから先も傍にいるのが当然―――そう思ってくれていて、嬉しいと思わない人間がどこにいるだろう。
「とにかく!今更反対はされないだろうけど、まだ未成年だし…けじめとして、ちゃんと許可をもらう」
「…ん。わかった」
ここで、漸く二人の温度差がなくなった。
「苦労しただろ?」
リビングに入るなり、にやにやと口角を持ち上げる暁斗にそう言われた。
全くだよ、と答えてから、彼の正面に座る。
一緒に入ってきた紅がリビングを抜けてキッチンに入り、三人分の飲み物を用意して戻ってきた。
座る場所は翼の隣。
「暁斗はわかってると思うけど…紅をスペインに連れて行く事と、一緒に暮らす事の許可をもらいに来た」
お願いします、といつもは使わない敬語を使った翼に、自然と背筋を伸ばす紅。
暁斗は二人を前にして、ソファーの背から身体を離した。
「…まぁ、遅いか早いかの違いだろうからな…反対はしない。
だが、住む場所とか金銭面とか…紅と話し合って、結論を報告する事。それに納得できなければ反対する」
それで構わないな?と両者を交互に見て確認する暁斗。
二人は一度顔を見合わせ、頷いた。
聞く姿勢を取っていた暁斗が、ソファーに深く沈んだ。
「お前らは同年代よりも考えがしっかりしてるからあんまり心配はしてないけどな。
向こうの事で聞きたい事があるなら、俺や玲を頼ってこい。で、ちゃんと細部まで話し合え」
わかった、と声を合わせる二人。
そんな二人を見て、暁斗は微笑ましげに目を細めた。
Menu
10.12.23