夢追いのガーネット
Episode High School December
チャイムが鳴り、クラス内に溜め息がこぼれた。
「あー、終わった」と言う安堵の声と、「あー!終わった…っ」と言う後悔の声。
「はい、そこまでだ。集めろー。こら、そこ。いつまでも足掻くな」
びし、と今なおシャーペンを動かしている生徒を注意して、答案用紙の回収を促す。
授業終了の号令なく、そのままHRへと突入した。
「明日はテスト休みだ。遊ぶのは構わんが羽目を外し過ぎるなよ。以上、解散!」
相変わらずこの担任のHRは短い。
余計な事を言わないが、人当たりが良くまだ若い彼は、歳の離れた兄的な存在として親しまれている。
解散の声と共にクラス内が動き出す。
「紅、行くよ」
「うん」
既に鞄を持ち上げている翼が紅の席にやってきた。
テスト最終日の今日は、一週間ぶりの部活だ。
クラス内の部活に所属している生徒は皆、久しぶりの部活に嬉しそうな表情を見せている。
「今日の数学はどうだった?」
「ま、悪くはないと思うよ。紅は?」
「んー…よほど馬鹿みたいなミスをしてなかったら欠点は免れてる…と思う」
「紅が欠点なら部員の大半が欠点だよ」
順位的には1年生の中では上位の二人だ。
中にはいつでも欠点スレスレと言う者もいる。
赤点の生徒はレギュラーのチャンスが流れると言う事もあり、皆必死だ。
「そう言えば、あの先輩が危ないって言ってたね」
「どれ?」
「先月の試合でかなり調子が良くて、レギュラー入りした先輩」
「あぁ…あの人。確か、成績は下から数えた方が早いよ」
「…三日天下…と言うほど短くもないけど、試合までもちそうにないね」
気の毒に、と思う。
あと一歩のところでレギュラーの座を逃してきていて、漸く手にしたというのに。
成績でそれを手放さなければならないとは…何と皮肉な事だろう。
「ま、仕方ないよ。学校は文武両道だから」
「まぁね。それより、今日は部長が来てくれるんだって」
「元部長ね。勉強はいいんだ?」
「あの人は推薦だから。ほぼ決まってるらしいよ」
夏の試合を最後に、三年生は部活を引退した。
既に練習には参加しておらず、今は受験に向けて頑張っているはずだ。
去年の今頃は自分たちも同じ状況だったな、と思うと、何だか懐かしい気分になる。
一年前の事だと言うのに、不思議な感覚だ。
「何か、今回のテストの感想を聞きに来るらしいよ」
「へぇ…嫌がりそうだね」
特に、渋沢はその辺りに厳しい。
部活に熱心な事は喜ばしい事だが、学業を疎かにしてはいけないと言うのだ。
まるで先生みたいな事を言う―――と思いつつも、怒らせると怖いので何も言えない部員たち。
彼のお蔭なのか部員の努力のお蔭なのか、サッカー部は他の部活よりも平均点が高い。
「あ、噂をすれば、だ」
前を向いていた翼が声をあげ、窓の外を見ていた紅が顔を動かす。
生徒昇降口のところで靴を履き替えている彼は、今話題に上がっていた渋沢だ。
向こうも二人に気付いたのか、やぁ、と手を上げている。
「こんにちは、先輩」
「こんにちは。相変わらず早いな、二人とも。鍵は持ってきてるから、職員室に寄らなくて良いよ」
ほら、と持ち上げた指先に挟んでいるのは、サッカーボールのキーホルダーがついた鍵。
どうやら、一足先に終わった彼が職員室から持って来てくれたらしい。
鍵は部室に一番乗りする部員が持ってくることが決まりで、HRが短い二人がその役目に当たる事は多い。
「君たち二人は大丈夫そうだね」
「そうですか?」
「あぁ。顔を見ればわかるよ。失敗した奴は、俺の顔を見ると青ざめるから」
失礼だよね、と笑う彼だが、肯定できずに苦笑を返す。
彼を怒らせると怖いと言う事は、サッカー部員の中では常識だ。
「あ、椎名。今回も無事レギュラー入りしたらしいね、おめでとう」
「ありがとうございます」
「これで5回目かな?12月はレギュラー選考試合もないし、来週の練習試合は頑張ってくれよ」
敬語を使う翼はとても珍しいと思っていたけれど、今となっては見慣れた光景だ。
にこやかな渋沢に対し、翼は淡々と答えている。
素っ気無いわけではなく、これが彼の素なのだと知っているから、気にはならない。
そんな風に進んでいるうちに、部室に到着した。
「紅、先に着替えてきなよ」
「うん。ありがとう。お先に失礼します、先輩」
「ゆっくりしていいよ」
ぺこりと頭を下げて、紅が部室の中に入る。
サッカー部に女子部はない。
マネージャー専用の更衣室を用意するほどに人数も居ないから、マネージャーも部室を使っているのだ。
ただし、着替える時間帯は分けている。
大抵は一番乗りの二人だから、紅に先に着替えさせる事が多かった。
「今までのマネは持たなかったから…不便をかけるな。来年度は更衣室を用意する」
顧問の先生がそう言っていたから、来年からは改善されるのだろう。
考えながらでも、手は動く。
既に着替え終えた紅は、鍵をかけていたドアを開けて二人を招きいれた。
そして、自分は用具を手に入れ替わるように部室を出ていく。
外で準備をしていると、ぱらぱらと部員が集まりだした。
「こんにちは」
「おー、雪耶。渋沢部長は中か?」
「部長は先輩ですよー。渋沢先輩は中にいます」
「あぁ、そうだな。…やっぱりもう着てるのか…。もう少しのんびりしてくれるとありがたいんだがなぁ…」
「…先輩、また危ないんですか?」
今の部長は、国語を除いた成績はトップクラスなのだ。
国語を入れると、平均よりも少し高いところまで落ちてしまうのだから、その低さは言うまでもない。
はぁ、と肩を落としながら部室に入っていく彼と入れ替わって翼が出てきた。
「空気入れ忘れてたよ」
「あ、本当だ。ありがとう」
今日の予定を確認していた彼女の隣に座り、ボールの入った籠を引き寄せる。
一つずつ空気の具合を確認し、必要があれば調整して行く翼。
ノートに落としていた視線をちらりと彼の方に向けた。
真剣な表情でボールを調整していく彼。
「(…この表情、好きなんだよね…)」
ほんの少しだけ手を止めて、気付かれないように彼を盗み見る。
それは紅にとっては嬉しいひと時で、誰にも邪魔されたくないものだ。
「どうかした?」
こちらに視線を向けることなく、翼がそうたずねてきた。
勘の良い彼だから、視線に気付いても不思議ではない。
「何も。いつもありがとう」
ごく自然にそう答えると、彼は最後の一つをグラウンドの方に放り投げてから彼女を見た。
「いいよ、これくらい」
そうして顔を見合わせて、笑いあう。
「うーん…いつ見ても仲の良い二人だよね。和むなぁ…。受験前でささくれた心が癒されるよ」
「独り身の部員にとっては公害っすよ」
「そこは個人の努力だよね。ところで、今回の国語は大丈夫そう?」
「―――そっとしておいてくれると嬉しいです…」
「はは…頑張ろうね、部長。部員に示しがつかないよ?」
「………はい」
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09.12.16