夢追いのガーネット
Episode High School December

一枚を入れ替えた卓上カレンダーを、ことん、と机に戻す。
暦は既に師走。
今月で一年も終わりなのだが、今一実感はない。
紅に関係があると言えば、学期末の考査に向けて職員室が立ち入り禁止になったと言う程度だ。

「今年はどうなるのかなぁ」

ベランダの向こうに見える翼の部屋に視線を向けながら、今月の予定を考える。
去年は受験生と言う事もあり、どこかに出掛けたりはしなかった。
高校生になって初めての冬は、部活もさして忙しくはない。

青春を楽しめよー、と言う顧問の粋な計らいにより、24日から26日までは部活が休み。
一人者の部員が文句の声を上げ、恋人を持つ部員は喜びの声を上げた。
聞けば、あの顧問は毎年イベントの日は部活を休みにするらしい。
強豪のサッカー部と言うのは、それだけでステータスにされてしまう。
イベントの日はファンが多くて、練習に身が入らないのだ。
いっそ休んでしまった方が良いと、ここ5年はイベント休みが設けられている―――と聞いた。








予定について考えていると、不意に紅の携帯が点滅した。
そんなに大きくない音でメロディが流れ始め、メールの着信を告げる。

「はーい」
『間抜けな返事』
「ほっといて。それより、どうしたの?」
『ん。今暇なら今年の予定を聞いておこうと思って』

相手は翼だ。
なんて絶妙なタイミングだろうか。
電話越しの言葉に、紅はクスクスと笑う。
不思議そうに「紅?」と自分を呼ぶ声が聞こえて、駄目だ、と思った。

「ね、翼。今時間あるよね?」
『当然でしょ』
「会いたい」

会って、電話越しではなくちゃんと顔を合わせて…そうして、話がしたい。
紅の言葉に、少しの沈黙が帰ってきた。
しかし、その沈黙は彼女の提案を拒むものではないと、知っている。

『暁斗は?』
「自室で仕事中」
『じゃあ、行くから』
「ん。待ってるね」

そうして、通話が切れる。
紅はもうすぐ来るだろう翼のために、温かい飲み物を用意する事にした。
歳暮で届いたコーヒーがあったから、それを入れることにしよう。
そう考えて、紅はそっと椅子から立ち上がった。




恐らく暁斗が留守だと答えれば、紅が翼の家に行く事になったのだろう。
今までは多少意識はしつつも、二人の部屋に行く事は何の問題もなかった。
けれど、高校生になった今はそうも言っていられない。
紅の方はあまり気にしていないのだが、兄から「わかってやれよ」と言われた。
気にしていなくても、彼が何を意識しているのかがわからないわけではない。
ただ、それよりも一緒にいたいという気持ちの方が勝るだけ。
きっと、そこが男女の違いなのだろう。












「どっか行きたい?映画とか」
「高校に入ってから忙しくていけないし、映画は魅力的だけど、人が多いからパス」
「この時期に人の居ない場所を求める方が間違ってるよ」

近所のお出掛けスポットが載った雑誌を片手に、翼が肩を竦めた。
確かに、クリスマス間近のこの時期はどこも人で賑わっている。

「出掛ける日は25日?」
「クリスマスとして出掛けるならね」
「私は別に出掛けなくてもいいんだけど」
「人ごみが嫌いだから、そう言うと思ったよ」

苦笑交じりにそう呟いた翼が雑誌を閉じた。
そして、机の上に置いていたもう片方のそれを手に取る。
裏向きに置かれていたそれが何なのかは知らなかったけれど、彼が手に取った事によってタイトルが見えた。
映画関連の雑誌だ。

「数本レンタルしようか」
「あ、それいい」

思わず嬉しそうな声を上げた紅に、彼がクスクスと笑う。
映画はスクリーンで観るのが一番だが、人の多さと天秤にかければ重さは変わる。
家でゆっくり、と言うキャッチフレーズから始まるページを開きながら、二人でそれを覗き込んだ。

「これ、忙しくて見にいけなかったのよね」
「試合前で毎日7時まで練習してたからね」
「でも、成果はあったじゃない。三位なんだから、喜ばないと」

公開されていた時期を思い返すと、すぐに雑談の花が開く。
これはどうだった、あれはどうだった。
そんな風に話が弾む中、覚えの赤いチェックがページの中に増えていく。

「どうやって申し込むの?」
「ネットで」
「じゃあ、パソコン返してもらってくるわ」

レンタルするDVDを書き出している翼を横目に立ち上がった紅が、隣の暁斗の部屋を目指す。
コンコン、とノックをしてから返事を聞いて、部屋のドアを開けた。

「兄さん。ノートパソコン使ってる?」
「あぁ、使ってないから持っていいぞ。悪かったな」
「ううん。直った?」

紅が寝転がれそうな広いデスクの上に色々と広げている暁斗の元へと近付く。
解体されたパソコンに、興味深そうな目を向けた。

「大体はな。ついでにそっちのメモリも上げておいたから、前より使い勝手が良くなると思うぞ」
「ありがとう、兄さん」
「いや、気にするな。メモリが余ってただけだ」

そう言って暁斗が紅の頭をぽんぽんと撫でる。
子供のようだけれど、彼女自身もこれが嫌いではないから拒んだりはしない。
第一、彼は何度言っても「いくつになろうと俺の可愛い妹だからな」と言ってやめないから。

「あ、そうそう。クリスマス、家でDVD観賞をすることになりそう。リビング借りていい?」
「おー。いいぞ。俺は玲と出掛けるからな。店で借りてくるのか?今からだとちょっと早いだろ」
「ネットで借りるみたいなんだけど」
「じゃあ、これ持ってけ。料金は後から徴収な」

パソコンと一緒に彼のカードを渡される。
要するに、これで一時的に支払っておけと言う事らしい。
カードを渡すなんてとは思うけれど、大雑把と言うよりは、信頼されているのだろう。
ありがたく受け取って、彼の自室を後にする。

「持ってきたわよ」
「こっちも出来たよ」
「あと、兄さんからカードも。後から徴収って」
「助かるよ」

彼が雑誌を移動させて空いたスペースにパソコンを広げる。
昔は中々使えなくて二人で頭を悩ませた記憶も、不自由なく操作できる今となっては懐かしい。
翼の向かいではなく隣に腰を下ろして、ぽすん、とその肩に頭を乗せた。

「眠い?」
「んーん。翼との付き合いも長いなーって思ってただけ」
「そりゃ、生まれた時からの付き合いだからね」

16年の人生の中で、家族の次に多くの時間を占めている。
いや、暁斗以外の両親は、正直翼よりも時間が少ない。

「…26日さ」
「ん?」
「出掛けたい」

紅が画面を見つめながら、ポツリと自らの望みを口に出す。
肩越しに彼の押し殺した笑い声が聞こえた。

「いいよ。どこに行く?」

囁かれた優しくも甘い声が、頬に熱を呼び込んだ。

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09.12.02