夢追いのガーネット
Episode High School July
全てが元通りと言うわけではなかった。
けれど、少なくとも批難の目が消えたことは、確かだ。
いくらか過ごしやすくなった学校で、紅は日常を取り戻しつつある。
そんな彼女を見て、悠希は安堵したように微笑んだ。
それから、そっと放課後の教室を後にする。
向かった先は、進路指導室。
「こんにちは」
部屋に入った彼女は、既にその場にいた人物へと声をかけた。
声に反応して顔を上げたその人は、困ったように苦笑する。
「また来たの?もういいって言ってるのに」
そう言いながら本棚の整理をしているのは、部長だ。
例の放送の後、天岩戸のように放送室に立て篭もるわけにもいかず、またそのつもりもなく。
用件を済ませた彼は、あっさりと放送室のドアを開いた。
教師の方が驚いたほどだ。
すみませんでした、と言う謝罪を口にした彼は、それに続けて自分の行動の理由を話す。
もちろん、紅の内部事情に関することは上手く言い回す事で話していない。
全てを理路整然と語った彼に、教師は唖然とした。
生徒会で活躍するような生徒だった彼が、こんな行動に出た理由が納得できてしまったのだ。
上手く丸めこんだと言えばそれまでだが、とにかく彼は教師を味方につけた。
だが、お咎めなしとすれば後々問題が出てくる可能性もある。
教師の中で彼の処分が話し合われた。
反省文と言う言葉も出たが、そこまで必要だろうかと言う声もあり。
結果として、長年整理されていなかった進路指導室の整理、と言う罰則で片が付いたというわけである。
放送室の鍵を開けた悠希に関しては、彼のおかげでお咎めなし。
そもそも、彼女がその場にいたことを知る人物は彼と一部の教師、そして紅くらいだ。
わざわざ放送部員が関与した事実を明らかにする必要はなかった。
「君も頑固だね。無関係だって結論になったのに、わざわざ」
「私も共犯者ですから。紅だって、先輩がどうなったのか…毎日聞いてきますよ」
「もちろん、黙ってくれてるんだろう?」
「言えば来るのはわかりきってますから」
ドサッとカバンを置いて、彼とは違う本棚の前に立ち、昨日の続きの整理を始める。
部長も彼女を帰すことを諦めたようで、自分の仕事に戻った。
「…聞きたかったんですけど、いいですか?」
「いいかどうかは内容によると思うけど…まぁ、手伝ってもらってるお礼に、何でも答えるよ」
進路指導室には、整理中と告知しているので生徒の姿はない。
教師も彼に任せているので、もう少し経たないと顔を出さないだろう。
「先輩、紅の事好きだった、じゃないですよね」
「………わかっていて、抉るようなことを言うんだね」
「いっそ抉り取った方がすっきりするんじゃないですか?」
呆気なくそう言い放つ悠希に、随分と乱暴だ、と笑う。
そして、彼は無意味に手の中の資料に視線を落とした。
「自分でもわからないな。ただ、一つ言えることは…椎名に代わって、隣に立ちたかったわけじゃない。
彼女が…幸せであればいいと思うよ。彼女は僕のヒーローだからね」
どんなに時が経とうと、彼女を忘れることはないだろう。
長い人生と言っても、高校1年生、悩みに悩んでいたあの時期は、確かに存在しているのだ。
そして、彼女の笑顔に救われたと言う事も、変わらない事実。
忘れることなど、きっと出来ない。
「今でも彼女が好きだと思うよ。ただし、彼女の人格を、と言うべきだ」
穏やかに笑う彼の横顔に、悠希は人知れず溜め息を吐きだす。
自分の感情の意味もわかっていないのだろうか。
「…ま、それも一つの形か…」
呟いた声は、彼には届かないほどに小さなものだ。
「なんや、そんな面白い事があったんかいな」
久しぶりの喫茶店。
時間が出来たからと集まったメンバーは、中学校時代の彼らだ。
「しかし…噂が本当だったら、雪耶って目茶苦茶悪女?」
「だよな。翼を捨ててその部長とやらに乗り換えたわけだろ?場合によっては二ま゛!!」
ガツン、とテーブルの下で音がした。
足を押えて蹲る五助に、メンバーの同情めいた視線が集まる。
原因である翼は悠々とした様子でストローでコーラを吸い上げた。
「そんな噂…飛葉中の連中なら、まず信じないだろうな」
「そりゃそうやで。何ちゅーても雪耶は人望厚い生徒会長様やし。
二人の暑苦しさは学校中が知っとったしなぁ。教師陣公認やん」
「下手にレベルの高い学校行くから飛葉中卒の連中が少なくなるんだって!」
自業自得、と言った彼は二人よりはいくらかレベルの低い高校へと進学した。
僻みだな、と言いたげな生温かい視線が向けられ、誤魔化すようにストローを吸う。
「それにしても」
ふと、落ち着いた柾輝の視線が紅へと向けられた。
くるりとストローを掻きまわした彼女が、何?と首を傾げる。
「ちょっと大人っぽくなった感じがする。制服の所為か?」
「え?あ…そう?」
「あ、それ俺も思った」
「うんうん。制服が似合ってるってのもあるけど」
「この分やと、暫くは翼の苦労が絶えんなぁ」
いつも一緒だったメンバーに手放しで褒められると、何とも言えずくすぐったい。
軽く頬を染めながらも、ありがとう、と笑う彼女。
そんなつもりはないと言うのに、彼女に見惚れるメンバーたち。
「…久しぶりに、フットサルでも行こうか?」
鈍ってないか確かめてあげるよ。
にこやかな笑顔に対し、この冷たい空気は何だろうか。
己の失態を理解し、ひっそりと溜め息を吐く彼ら。
明日の筋肉痛を覚悟した瞬間だった。
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09.09.13