夢追いのガーネット
Episode High School July

部長が、俺に任せてくれと言ってくれた翌日。
午前中の授業の間は、これと言った変化はなかった。
最近は休憩時間の度に集まる好奇の視線が煩わしく、昼食は屋上に移動している。

「今日は当番だから、部室で食べるわ。仲良く行ってらっしゃーい」

そう言った悠希に見送られ、今日も今日とて、同じように屋上のドアを押し開いた紅と翼。
爽やかと言うよりは少し蒸し暑い屋外の空気。
太陽の眩しさに、少しだけ目を細める。

「あれから、部長からの反応はあった?」
「んー…ないよ。翼は?」

俺も、と首を振る。
朝から翼の母と共に用意したお弁当を広げながら、どうするつもりなんだろう、と二人で頭を悩ませた。
彼と言う人を信用していないわけではない。
けれど、本当にどうにかできるものなのか。
高々二ヶ月程度の付き合いでは、絶対大丈夫と思える要素があまりに少なかった。
そんな二人の思考を遮るように、放送始まりの電子音がスピーカーから流れる。
昼休みを利用して、放送部が様々な内容の放送を行うのは既に通例となっている。
特に気にする様子もなく次の言葉を発しようとした紅。
しかし、その唇が言葉を発する前にスピーカーから聞こえた声に、彼女は口を噤んだ。

『昼休み中に失礼します。三年A組の渋沢です』
「…部長?」

翼と二人、顔を見合わせる。
部の知らせか何かだろうか。
昼休みの放送は、偶にそう言った部活の放課後の活動内容の変更を伝えたりもする。

『今日のサッカー部の放課後練習は休みになりました。各部員、久しぶりの休みを楽しんでください』

そんな放送に、どこからかおぉーと喜びの声が上がった。
屋上の下は、確か一年生の教室だ。
サッカー部員が休みを喜んだのだろうと憶測する。

―――やはり部活動の知らせか。

まさに彼の話をしていた時だけに、何だろうと警戒したけれど、何の事はない。
そんな事を考えながら、箸でつまんだ肉団子を口へと運ぶ。

『ここまではサッカー部の連絡。ここからは私情を挟ませてもらおうと思う』
「…?」

彼の口調が変わった。
思わずスピーカーを見上げた二人。

『話を始めると、たぶん先生が乗り込んでくると思うから、手短に済ませるよ。
俺は、サッカー部のマネージャー、雪耶とは一度も交際していない。変な噂で彼女を振り回すのはやめてくれ』

スピーカー越しに聞こえる、少しだけ割れた彼の声。
その内容に、紅が中途半端に箸を浮かせたまま固まった。

『こんな事で大事な部員が心を痛めるのを、黙ってみていられないんだ。
況してや…俺自身が関係してる。噂の出所はわかってるけど、追求はしない。ただし―――』

彼の声の向こうに、どんどん、と言う扉を叩くような音が交ざる。
彼の言うとおり、教員が放送室に駆けつけたのだろう。
校内放送を私的な目的で使う事は許されていないから。

『これ以上噂を広めるつもりなら―――覚悟しておいてくれ』

その言葉の後、聞き覚えのある声で『渋沢!』と彼を呼ぶ音がスピーカーから聞こえ、放送が途切れた。
恐らく、どこの教室も先程の放送によってざわざわと賑わっているだろう。

「…先輩、むちゃくちゃ」
「…まったくだね。校内放送ジャックとか…先生に睨まれるってわかってるのに」

恐らく、この計画は彼だけものではないだろう。
少なくとも、放送部は関係している。
その時、紅は漸く、今日が当番だと言っていた悠希の言葉を思い出した。

「反省文…とかで済めばいいんだけど…」
「いや、あの部長の事だから、たぶん上手く言い逃れると思うよ。紅が気にする事じゃない」

そう言った翼に、紅はやや納得していない様子だったが、それでも、うん、と頷いた。















「先輩、どうするつもりなんですか?」

ここを開けなさい、と言う声が聞こえる。
そんな中、マイクのスイッチを切った渋沢に声をかけたのは、紅の親友である佐倉悠希だ。
彼女の手には、放送室の鍵が握られている。

「まぁ、言いたい事は言えたし。後は先生方と正面から話をするだけ、かな」
「自信満々ですね」
「伊達に、二年で生徒会長を務めたわけじゃないよ。先生からの信用は悪くないはずだ」

話せばわかってくれるよ、と彼は微笑んだ。
悠希がここにいる理由は二つ。

一つは、もちろん紅のため。
彼女の事を何とか解決したいと思っていたからこそ、ここにいる。

二つ目は、彼女が放送部員だからだ。
中学の時は紅と共に剣道部を支えた彼女だが、高校では放送部に所属している。
今日の担当だった悠希が、彼に働きかけたのだ。
紅を助けてくれるなら、協力してもいいと。
そう言って、彼女は放送室の鍵を提供した。

「佐倉には感謝してるよ。ありがとう」
「どういたしまして」

笑顔でお礼を言った彼は、マイクのところから離れて歩き出す。
向かう先は、未だに叩かれ続けている扉だ。

「先輩」
「ん?」
「私、先輩が紅のことが好きなんだって、知ってました」

心の向かう先と言うのは、実は当人たちよりも第三者のほうがよくわかっていたりするものだ。
悠希は紅の親友ではあるけれど、ある意味では今回の騒動を一番近い第三者として見守っていた。
だからこそ、気付いた。
今回彼に協力を求めたのは、彼が最適だと思ったから。
そして、決して報われない彼自身の思いを消化させてあげようと思ったのかもしれない。

「失恋ご愁傷様です。それと、さっきの先輩は格好良かったです。紅を助けてくれてありがとうございました」

過去、自分を救ってくれた彼女を、今度は自分が助けたいと思っていた。
自分の所為で彼女を傷つけてしまった事をいつまでも悔やんでも仕方ない。
だが、自分の行動は果たして正しかったのか―――疑問は、尽きないものだ。
だからこそ、悠希の言葉は、すとんと彼の心に落ちた。
先生に迷惑をかけてしまったし、かなり乱暴な方法だったけれど…自分は、彼女を救う事ができただろうか。

「うん、ありがとう」
「あと、私の事も言い訳よろしくお願いします。たぶん先輩ほど頭も口も回らないと思うんで、黙ってます」
「ははは!大丈夫。協力者を見捨てたりはしないから」

安心してよ、と言って、彼はドアの鍵を開けた。

彼女を想った時間に、ピリオドを打とう。

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09.08.19