夢追いのガーネット
Episode High School June
いつものように翼と一緒に登校した紅。
日直だからと早めに学校に着くと、教室の鍵を取りに向かうべく職員室のほうを向いた。
そこで、彼女の携帯がブルブル、と震える。
「どうしたの?」
「メールみたい」
「鍵、取ってくるから待ってなよ」
「ん。ありがとう」
職員室は生徒用玄関から西側にあり、二人の教室は東側の三階だ。
いつもの階段を使おうと思えば、必ず玄関の前を通る。
携帯を操作する彼女を職員室に連れて行くわけにも行かないと判断した翼からの提案に、紅はすぐに頷いた。
靴箱の所で立ち止まった彼女を横目に、翼は職員室へと向かって歩き出す。
メールを返信し終え、ぱたりと携帯を閉じる紅。
さて、翼はまだだろうか。
そう思って顔を上げると、目の前に背の高い男子生徒がいた。
「ぅわっ!」
相手の男子生徒が驚いたように声を上げる。
驚かれるようなことなど何もしていない彼女は、疑問符と共に首を傾げた。
「あ、あの…雪耶さん、だよな?」
「そうだけど…」
突然苗字を確認され、頷きながら学年証を見る。
顔に見覚えはないけれど、同学年のようだ。
「突然ごめん。実は、今日の…放課後、少し時間をくれないかと思って…」
「放課後?」
「うん、放課後」
「駄目」
迷いなく即答すると、彼はショックを受けたような表情を見せる。
「部活があるから」
「あ、そ、そっか…サッカー部のマネージャーだったよな」
どこかほっとした様子を見せる彼に、紅はうん、と頷く。
本当は、あまり良い気分ではなかった。
何となく察しは付くし、知らない人に自分のことを知られるのは好きではない。
それを顔に出さないようにして、紅は早く話が終わるのを待っていた。
「じゃあ、お昼休みはどうかな?少しでいいんだ」
「…いいけど―――」
「やった!じゃあ、1時半に中庭に来てくれ!」
「え、ちょっと…!」
待ってるから、と言い残した彼は、紅の声など聞こえていない様子で走り去っていった。
残された紅は、はぁ、と短く溜め息を吐き出す。
「人の話は最後まで聞きなさいよ、まったく…」
告白ならごめんなさい、とこの場で言おうと思っていたのだ。
幸い、時間が早い事もあり、玄関に生徒の姿はない。
何より、紅自身が貴重な昼休みを無駄にしたくなかった。
「どうかした?」
「翼…また、面倒なこと」
漸く戻ってきた翼に、紅は肩を竦めてそう返事をした。
それだけで何かを察したのか、ぽんと放り投げた鍵を受け止めつつ、あぁ、と頷く彼。
「ごめん。もうちょっと早く戻った方が良かった?」
「…いいわ。翼を責めても仕方ないし…」
「まぁね。それで、いつ?」
「昼休み。行って来るけど、翼はどうする?」
「どうしてほしい?」
どちらともなく歩き出し、テンポの良い会話を楽しむ。
先ほどまでの不快感がスッと消えていくのを感じていた。
「んー…教室で待ってて。大丈夫だと思うから」
「なら、そうするよ」
頷く彼に、紅は満足げに微笑んだ。
午前中の授業が終わり、昼休み。
1時半という微妙な時間を指定された紅は、悠希と昼食を取った。
そして、呆れた様子の悠希に行ってらっしゃいと手を振られて向かった先は中庭。
いつから待っていたのかは知らないけれど、そこには既に朝の男子生徒がいた。
「来てくれてありがとう。俺、一年B組の―――」
紅の顔を見るなり、話を始める彼。
緊張しているのが手に取るようにわかって、止めるのを躊躇ってしまった。
「陸上部なんだ。それで、グラウンドで練習してるサッカー部を見て、雪耶さんを知った。
名前は友達が教えてくれたんだ。昨日から背中を押してくれてるのも、そいつらなんだけど…!」
「…そう」
「それで…まだ二ヶ月だけど…好きなんだ。俺と付き合ってくれないか?」
漸く本題が出てきた。
紅はやはり、と思いながらも、幾度となく繰り返してきた返事を唇に乗せる。
「申し訳ないけれど、私…付き合っている人がいるの」
名前を知っている友人は、それを知らなかったのだろうか。
それとも、奪えと言う気持ちで彼を励ましていたのか。
どちらにせよ、決まっている紅の答えが変わる事はない。
「俺じゃ…駄目、か?」
「駄目って言うか…そう言う問題じゃないでしょう?」
どうやら後者だったようだ。
彼氏がいることを知った上での行動らしい。
知っていながら告白してくるなど、自己満足以外の何者でもないではないか。
ちゃんと断って、この茶番劇は終わりにしよう―――そう思って、口を開いたその時。
「あれ、そこにいるのは」
第三者の声が聞こえた。
顔を向けた先には部長の姿がある。
やぁ、と笑う彼は、状況が見えていないのだろうか。
何となくそんな事を考えながら、こんにちは、と返す紅。
勇気を振り絞って告白しているところに現れた第三者の存在。
告白してきた彼は、言葉を失っているようだった。
そんな彼と紅を交互に見た部長は、そこで漸く気付いたらしい。
ふぅん、と呟いた彼の顔は、一瞬だけその表情を失ったように見えた。
すぐに笑みが浮かべられたので、気のせいだったのかもしれない。
紅の後ろまで来た彼は、その手を彼女の肩に乗せ、微笑む。
「あぁ、彼女は駄目だよ。だって彼女は―――」
「ま、まさか…付き合ってるのは渋沢先輩ですか!?俺、何も知らずに…!!すみませんでした!!」
ぴったり90度に腰を折った彼は、その足で慌しく走っていく。
「ちょっと!誤解…っ!!」
完全に誤解されていることを悟った紅が呼び止める声も、彼には届いていなかった。
きっかり5秒後にはその姿が見えなくなり、さすが陸上部…と場違いなことを考える。
「…行っちゃったね」
部長の戸惑ったような声が、奇妙なほどに耳に残った。
「ごめん。あそこで誤解されるとは思わなかったんだ。ちゃんと説明しようと思っただけなんだけど…」
「…いいえ。あの人に誤解されたところで、何も問題はないでしょうし…」
彼のお蔭で早く話を切り上げてもらうことが出来たのは事実だ。
ありがとうございました、と告げる彼女に、彼はきょとんとした表情を見せた。
「可愛い後輩の為だからね。椎名は知ってる?」
「大丈夫です。ちゃんと話してありますから」
「そっか、理想の形だね」
もうすぐ昼休みが終わると言う事もあり、二人は並んで校舎の中へと戻る。
何の問題もないと思っていたことが、後に大変な問題を引き起こすのだと言うことを―――今は、知る由もない。
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09.06.28