夢追いのガーネット
Episode High School June
久しぶりに召集された都選抜メンバー。
全国的にもそのレベルを知らしめた都選抜は、スポンサーからの追加資金もあり、中々良い環境で練習している。
人工芝のグラウンドで一通りの基礎練を終えた彼らは、やってきた玲の集合の声に集った。
「さて…新しい学校、学年の環境にも、そろそろ慣れてきたわよね。
控えていた練習も回数を戻していくから、そのつもりにしていてちょうだい」
学校が変わり、学年が変わり…メンバーが変わり。
変化ばかりの二ヶ月間を過ごしてきたからなのだろうか。
このメンバーで集まる選抜練習が、とても懐かしいもののように思えた。
同時に、この場にいない彼は元気だろうか、と思い出す。
異国の地へと渡った彼の手術は終わっただろうか。
玲の話を聞く傍らで、そんな事を考えていた。
「それから、風祭くんのことだけれど」
紅の心中を読んだわけではなかっただろう。
要は、タイミングがピタリと一致しただけ。
玲の言葉に、メンバーの表情が引き締まった。
誰もがあの日のことを思い出している気がする。
後悔などと言ったやや負の感情を浮かべる者も居れば、純粋にその名を懐かしむ者も居た。
「暁斗から連絡があったわ。今月末に手術が行われるそうよ」
思わぬところで登場した兄の名前に、紅が顔を上げた。
その視線に気付いたのか、玲はにこりと微笑む。
後でね、と告げるその眼差しに、静かに頷く紅。
そう言えば、このところ色々と忙しくて…一週間ほど、まともに連絡していなかったような気がする。
毎日連絡が来ていたけれど、返事もおざなりな自分に気を使った兄が早々に切り上げてくれていた。
部活の一件が片付いた今、さほど忙しくもなくなり、心身共に少しばかり余裕が出来ている。
今夜辺り、自分から連絡してみようか、と思った。
「見舞いは必要ないって言う本人の希望で、私は向こうには行かないことになっているの。
ただ、暁斗は向こうの本社で過ごしているから…時間を作って、尋ねてくれるみたい」
何か伝えたいことがあれば、頼んであげるわ。
それからいくつか必要事項を説明し、練習が始まった。
休憩時間、紅は全員分のドリンクボトルを箱に入れて首から提げ、それを配っていた。
ポジションごとにわかれて練習している全員を回り、最後にGKの所へと向かう。
「ありがとう」
差し出したそれを受け取り、穏やかに微笑んだ渋沢。
その表情を見て、あ、と声を上げる。
ドリンクを飲みながら首を傾げた彼に、紅は口を開いた。
「渋沢の従兄弟に会ったの」
げほ!!
渋沢に似合わない音が聞こえ、あまりのドリンクボトルを確認していた紅が驚いたように顔を上げる。
ドリンクを噴出したわけではなかったようだが、変なところに入ってしまったのか、盛大に咽ている彼。
暫くして自力で回復した彼は、少しばかり涙目になりながら紅を見た。
「従兄弟って…あぁ、そうか。雪耶の学校は、あいつと同じだったのか…」
どこか遠い目を見せる彼に、今度は紅が首を傾げた。
道理で、と呟かれた声を聞いて、その理由を問う。
「三日前だったかな…突然、あいつから電話があったんだ」
「あまり連絡しない方なの?」
「従兄弟と言っても、昔からあまり馴染みはないな。年に何度か会う程度だ」
「ふぅん…それで?」
自分が話を脱線させてしまったことを理解していたから、紅は話を戻すように続きを促す。
「面白い新入部員が入ったって話していた。それから―――」
「それから?」
「………いや、それだけだ」
明らかに何かを隠してしまった彼に、紅はその続きを問うべきだろうかと悩んだ。
話したくない、もしくは話す必要がないと判断したからこそ、彼は口を噤んだのだ。
聞き出すべきではない―――そう結論付けた紅は、そう、と頷いた。
「今までの二ヶ月、ろくでもない部長代理がいて…先輩には、本当に感謝してるの。
優しいけど、厳しいところは厳しくて。そう言うところ、あなたとよく似ていると思ったわ」
そう言って微笑んだ彼女に、渋沢は微妙な表情を見せた。
その理由が何なのかはわからなかったけれど、そろそろ次の仕事に取り掛からなければならない。
腰を上げた紅は、頑張ってね、と言い残して彼の元を去る。
その背中に向けられた複雑な視線には気付かなかった。
「椎名」
帰り際、名を呼ばれた翼が顔を上げた。
珍しいこともあるものだ、と思いつつその人物を見る。
「何か用?」
慣れていない者が聞けば、なんと素っ気無い返事だったのだろうか。
しかし、これが翼の普通の態度なのだと知っている渋沢は、彼の反応に不満を抱いたりはしなかった。
「ちょっといいか?」
「…紅が来るまでならね」
解散の声を聞いた彼が未だにここに残っている理由は、紅を待っているからだ。
それまでの時間ならば、と答えた翼に、渋沢は一度だけ頷く。
「雪耶のことなんだが…あまり、あいつと親しくしないように話しておいてくれないか」
俺が話すよりもいいだろうから。
そう告げる彼に、翼は怪訝な表情を見せた。
「あいつって?」
「あぁ、すまない。学校のサッカー部の…渋沢だ」
「…部長?」
何故、ここで彼の話が出てくるのか。
休憩時間のことを知らない翼には、疑問ばかりが積み重なる。
「何で、って聞く権利はあるよね?」
真剣な対応を返した翼に、少し言葉を選ぶように沈黙する渋沢。
「…不破とは別の意味で、クラッシャーなんだ」
「……何を壊すわけ?」
「…カップル、と言えばわかるか?」
はぁ、と溜め息を吐き出す渋沢。
彼は軽く額に手を当てて、説明を続けた。
「本人は悪い奴じゃないし、悪気があるわけじゃないんだが…その、女子の方が…な」
優しくて、決断力があって、もちろん顔立ちも良い。
学生という年頃の女子には、理想と言っても過言ではない人間なのだ。
本人はただ普通に過ごし、会話をするだけ。
しかし、親しくなるほど、言葉を交わすほど…女子の方が、彼に心を惹かれてしまうのだという。
それが原因で別れたカップルは少なくないのだと、渋沢はそう話した。
「悪い奴じゃないだけに、相手の男子が気の毒なんだ」
人が良く、おまけに彼自身は二人の仲を引き裂こうと行動しているわけではない。
責めるに責められず、ただ捨てられるしかなかった男子を知っている。
だからこそ、渋沢は翼に忠告した。
「…それって彼女の方が浮ついた勘違い女だったって話じゃない?そりゃ、部長は関係ないよ」
恋人がいながら他の男に目移りする方が悪い。
ばっさりと切り捨てた翼に、渋沢は複雑そうに眉を寄せる。
「男の目から見ても、理想なんだ、あいつは。雪耶なら大丈夫だと思うが…あまり、深く関わらない方がいい」
「ま、忠告は心に留めておくよ。紅にも一応伝えるけど…どうかな。結構、尊敬してるみたいだから」
難しいかもね、と告げる彼の表情に不安はない。
「椎名は…不安じゃないんだな」
「…俺は、紅を“知ってる”からね」
信じていると言う言葉を軽々しく口にしなかった翼に、渋沢の方が安心させられた。
迷いのない口調は、それだけで頼もしいと思えるのだ。
―――この二人を心配したのは、意味のないことだったか。
ここにきて、漸くそう思うことが出来た。
「時間を取らせてすまなかったな。―――また、次の練習で」
「あぁ、またな」
納得した様子で歩いていく渋沢の背中を見送り、ふぅ、と息を付く翼。
そんな彼の耳に、走ってくる足音が聞こえた。
「お待たせ、翼。帰ろっか」
荷物を肩から提げて笑った彼女。
普段の笑顔とは違う、二人の時だけに見ることが出来る表情だ。
そんな彼女を見つめる翼の視線に、彼女は首を傾げた。
「どうかした?」
「…何でもないよ。今日母さんたち出かけてるんだけど、夕飯どうする?夜は家に戻るんだったよね」
「うん。夕飯は…どうしよう?何か作った方が良ければ、作るけど…」
「疲れてるだろ?何か食べて行こうか。一応お金は貰ってるし」
「じゃあ、あそこ行きたい!駅前の―――」
夕日に伸ばされた二つの影が、仲睦まじく並んで歩き出した。
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09.05.29