夢追いのガーネット
Episode High School June
「新入部員の一年生は初めましてだね。部長の渋沢です。
通学途中の事故で腕を骨折して入院していたんだ。皆には迷惑をかけたね」
そう自己紹介をする、退院してきた本当のキャプテンは、力のある人だった。
筋力的な話ではなく、人を動かす力を持っていたのだ。
ニコニコと笑顔を浮かべているのに、どこか青褪めている先輩部員の一部。
言わずもがな、スキルのある後輩に筋トレと基礎練習だけをさせていた先輩たちだ。
「―――うん。大体の事はわかったよ。あぁ、ちなみに。後輩が嘘をついてるとは考えにくいね。
全員の話が一致してるし、俺が帰ってきたのは急なことだから打ち合わせる暇もなかったしね」
全面的に話の流れを認めたのは、後輩を庇う先輩と言う良い格好をしようとしたわけではない。
確固たる理由を持った上で、後輩の申し出を事実と捉えているのだと説明した。
有無を言わさずすらすらと紡がれる彼の話を聞いていた紅は、彼に翼のマシンガントークを重ね合わせる。
翼よりは棘がないけれど、それでも論理的に畳み掛けて二の句を告げない状況へと追い込む手法は同じだ。
「じゃあ、君たちは全員サボっていた間の、毎日の習慣だった筋トレを倍の量でこなしてもらおうかな。
それが終わるまでは練習には参加させない」
「そんな…!」
「俺は、毎日部活が始まる前にするようにって言った。忘れたとは言わせないよ。
怠った分のノルマを果たすのと、プラスαは当然だ。部長代理がそれじゃ、部員に示しがつかない」
それだけを言うと、言い訳は聞かないとばかりに彼らに背を向ける。
そして、真面目にやっていた部員たちに向き直った。
「三年はあいつらを止めなかった連帯責任でグラウンド50周…と言いたい所だけど。
部長代理に文句を言いにくいって言う立場を考慮して30周にしておくよ。その代わり20分以内にね」
はい、出発!と手を叩けば、慌てて走り出す三年生の部員たち。
それを見た例の部長代理とその取り巻きは、渋々筋トレを始めた。
ちらりとそれを一瞥し、一二年の方を向く。
「代理の奴が馬鹿でごめんね。とりあえず、一週間は練習に参加させないから」
させない、ではなく出来ないだろう。
「さて、と。…じゃあ、まず…準備運動をしてから、グラウンドを2周。
その後、新入部員の実力を確認したいから練習試合をしようか。走り終わったらここに集合ね。はい、スタート」
行ってらっしゃい、と言う声に反応して、部員たちが一斉に行動を起こす。
今まででは考えられなかった二年生の動きにつられるようにして、一年生もそれぞれが準備運動を開始した。
その様子を感心したように見つめる紅。
部活が開始して僅か10分。
その間に、今まで1ヶ月と少しの間、殆ど機能していなかったサッカー部を復活させた。
「じゃあ、次はマネージャーだね」
くるり、と振り向いた部長に、先輩のマネージャーがビクリと反応した。
紅が部活に参加していなかった間、部長代理に引きずられる様にして遊んでいた面子である。
「うん。君たちはもう来なくていいよ。元々、君たちの方からの申し出だったから頼んでたけど…。
サボるような人にマネージメントが出来るとは思えないから」
部員以上にあっさりとマネージャーを切り捨てた部長に、やや驚いた。
申し開きもなく、彼女らはバツが悪そうな表情を浮かべ、連れ立つようにしてグラウンドから立ち去る。
「…サッカー部のマネって言うのはそれだけでステイタスだと思っている子がいてね。
見ているところではちゃんとする子なんだけど…これから頑張るからとも言えないようじゃ駄目なんだ」
紅が納得しないだろうと思ったのかもしれない。
普段ならば口にしないであろう説明をすると、改めて彼女に向き直った。
「従兄弟も中学で随分と苦労したみたいだ。残念ながら、高校にもついてまわるわけだけど」
「…従兄弟、ですか?」
「あれ?忘れてるのかな…都選抜の渋沢」
知らない?と首を傾げる彼に、渋沢の顔は重ならない。
だが、言われてみると…空気が似ていると感じた。
独特の、人を惹き付ける優しい空気。
「もちろん、覚えていますよ。ただ、部長と繋がらなかっただけで」
「顔は全然似てないからね。ま、今度会ったら笑ってやってよ」
そう言って人の良い笑顔を浮かべる。
確かに顔は似ていないが、表情は血の繋がりを感じさせた。
「ところで、克朗からかなりの高評価を聞いてるんだけど、君には期待していいのかな?」
「ご期待に沿えるかどうかはわかりませんけど、頑張ります」
「うん。謙虚な日本人らしい良い返事だね。人の目を見て話を出来る時点で、自信を持っていいよ」
たかが二年の差。
しかし、彼が大人の域に足を踏み込んでいるのだと理解するには十分すぎる言葉だった。
紅はこの時初めて、学校の先輩に対して尊敬に近い感情を抱く。
同時に、とても嬉しく思った。
「良かったね、翼」
この人なら大丈夫。
ここから高校生サッカーが楽しめるだろうと、期待に胸を膨らませた。
「何か言った?」
「いいえ、何でも。私、用意してきますね」
先程までとは少し雰囲気の変わった紅を見送り、走る部員たちに目を向ける。
大会で上位入賞経験の豊富なサッカー部は、グラウンドを広く使うことが出来る。
それだけに、走る距離も200メートルどころではない。
その広さに足を重くしている新入部員の中、軽快な足取で先頭を走る一人の部員。
他の部員よりは少し小柄な彼を見て、なるほど、と頷いた。
「…うん。中々良さそうな選手だね」
小さな体格に比例する体力では、実力が伴おうと役に立たない。
あれだけの速度でさほど息を乱さず走り続けられるのだから、普段から筋トレや基礎練を行っているのだろう。
お前の学校に優秀な選手が入学する、と言った従兄弟の言葉を、漸く自分の目で確かめられた。
まだ腕が本調子ではないために練習に参加する事はできない。
しかし、この場所に帰ってきたというだけでも十分だった。
「体力、スピードは十分。後はスキルか。…楽しみだ」
病院と言う、たとえ相部屋であっても独特の孤独感を覚える場所に1ヶ月。
久しぶりに帰ってきた学校は、今までとは少しばかり違って見えていた。
ランニングを終えて二手に分かれた部員は、そのまま練習試合を行った。
部員数は選手の数を上回っていた為に、ハーフタイムで入れ替わることになっている。
ルールを知らなかった初心者は参加せず、代わりに部長からルールブックを手渡されていた。
「雪耶。部室の棚にルールブック用って書いた冊子があるから、取ってきてくれる?」
そう言われて持ってきた冊子の中には、ルールブックの中でも必要な部分が抽出、まとめられているもの。
よく出来ているな、と思いつつそれを部長に手渡すと、彼は先輩のだよ、と答えた。
「折角試合形式にしてるんだから、実際の試合を見ながらルールを勉強して。
基礎練も大事だけど、ルールを知らない部員を選手候補には出来ないからね」
「はい!」
元気に答えた初心者たちは、真剣な表情でルールブックと試合を交互に見つめた。
その様子に穏やかな表情を浮かべつつ、紅も試合へと視線を向ける。
翼は前半の試合に参加している。
「流石に、いい動きをするね」
部長の言葉が誰を指しているのか、すぐにわかった。
今試合に参加している部員の中で、特筆して褒められる者は一人。
人目を惹くプレーと、動きに伴うスキル。
「…なるほどなるほど」
翼一人に目を奪われている様子はない。
けれど、意識しなければ自然と彼のプレーを追いかけてしまう。
部活サッカーの枠を超えていると言うのは、見る者が見れば一目瞭然だった。
「ただ、ちょっと惜しいね。何ででしょう?」
「選手のスキルが彼に追いついていないから、ですか?」
「正解。サッカーは一人じゃ出来ない。でも、レギュラーとの試合なら…うん、面白くなりそうだ」
そう思わないかい?と尋ねられる。
スコアブックとシャーペンを手に隣に立っていた紅は、はい、と頷いた。
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09.05.14