夢追いのガーネット
Episode High School May
待ち合わせていた場所に赴くと、相手は既にそこに居た。
「藤村」
声が届く場所でその名を呼べば、彼は空を見上げていた視線を紅へと向ける。
私服を身に纏っている彼女は、遅れたことに申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ごめん。遅れて…」
「知っとるよ。電車が遅れたんやろ?さっき、お喋りなおばちゃんが話とったわ」
ひょいとベンチから立ち上がった彼は、5分の遅刻を全く気にしていない様子で微笑んだ。
そして、駅の壁に付けられている時計を見上げ、彼女を見る。
「ほな行こか?あいつらも待っとるやろし」
「うん。案内よろしく」
「エスコートは任せたって…って言いたいとこやけど、案内だけやなぁ。恐い姫さんに睨まれるのはごめんやし」
「…姫さん、って呼び方の方に怒ると思うよ」
そう言って苦笑を浮かべた紅は、歩き出す藤村の隣に並ぶ。
彼の口から紡がれる何気ない会話は、ひと時の時間を過ごすには十分すぎる。
言葉巧みな彼のお蔭で、気付いた時には既に目的地が目の前に迫っていた。
目的地―――フットサルで、既に運動を始めていたメンバーの一人が、二人に気付く。
「シゲ遅い!!」
開口一番そう言ったのは、桜上水中の女子サッカー部キャプテンだ。
動きやすい服装に着替えていた彼女は、フットサルを中断して彼らの元へと駆けて来る。
「時間ぴったりやん。どこが―――」
「紅、久しぶり!!」
元気だった?あ、身長伸びたんじゃない?しかも女らしくなってるし、羨ましい!!
藤村の言葉を妨害して立て続けに紡がれる言葉に、紅が苦笑を浮かべる。
最早口を挟むことを諦めたのか、溜め息と共に離れていく藤村の背中を見送り、小島と向き合った。
「久しぶりだね。私は元気にしてる。有希も少し髪が伸びて、女らしくなったと思うよ」
「これでも中2まではロングだったのよ。色々あって、切っちゃったんだけど」
「へぇ…失恋とか言われなかった?」
「言われた!誰に失恋したんだー!?って、クラス中から。女は失恋しないと散髪も出来ないのかって話よね!」
もう1年も前の話だというのに、少しのきっかけで勢いを増す。
興奮しだした彼女をどうやって抑えようかと悩んでいた紅。
だが、彼女の向こうから近付いてくる人の存在に気付くと、安心したように肩の力を抜いた。
「小島。雪耶が困ってるだろ」
後ろからこつん、と頭を叩いただけで、小島の勢いが止まった。
拍手をしたいと思ったけれど、嫌がる事は明白だったので、心の中だけにとどめておくことにする。
「雪耶、久しぶり…か?」
「うん。トレセン以来だね、水野。元気そうで安心したわ」
落ち着いた雰囲気は変わっていない。
トレセンを終えた選抜は、とりあえず小休止状態だ。
年度初めのごたごたももう少しで片が付き、来月くらいから再び練習が開始されるものと思われる。
「雪耶。とりあえず着替えてきたらどや?そんな格好では始められんやろ」
「あ、そうね。じゃあ、そうするわ」
そう言って、更衣室となっている建物へと歩いていく彼女。
その背中を見送った小島が、ポツリと呟いた。
「紅も高校生なのよね…何か、親しみすぎて年上だって事を忘れてたわ」
小島の言葉に、水野は心中で同意した。
たった一年の年の差をどうこう言うような性格ではないために、それを忘れてしまう。
しかし、久しぶりに会った彼女は、中学生の頃とは少し違って見えた。
これが、高校生になる、と言う事なのだろうか。
小島は年の近い同性の年上であるが故に、憧れにも似た表情を見せている。
「それにしても…一体何がしたかったんだ?」
「…話を聞きたいらしいわ」
水野の問いかけに、藤村が静かに答えた。
「どっかの誰かさんに、先輩との確執について」
「…紅って先輩と仲が悪くなるような性格じゃないでしょ?」
寧ろ、彼女の噂は桜上水まで届いてきたくらいである。
そんな彼女が、何故そんな事を聞きたいのか。
疑問を口にする小島の傍らで、水野が納得したように頷いた。
「…アイツか」
「せや」
「まぁ、わからなくもないな。あの性格は、レベルが低い人間の下につける性格じゃない」
「どっかの誰かさんと同じで、馬鹿高いプライドの持ち主やからな」
意味がわからない小島を置いて、二人の会話が進んでいく。
ちょっと、と声をかければ、彼らは漸く口を止めた。
「一体誰の話?」
「…いるだろ?」
「いるって、誰が」
「雪耶の近くに、先輩との確執を生みそうな奴が」
水野の言葉を受けて、小島はそんな人物を探る。
その人は案外簡単に思い浮かんだ。
と言うよりも、彼女の近く、と言うフレーズだけで、一番に浮かぶような人だ。
「椎名翼?」
「大分困っとるみたいやねん。まぁ、周りが心配するほど状況は悪ぅなかったりするもんやけどな」
頭の後ろで腕を組んだ藤村がそう言ってヘラッと笑う。
その表情は、彼女の悩みは既に解決していると考えているように見えた。
彼は何を知っているのだろうか。
その後、動きやすい服装に着替えてきた紅が姿を見せ、話は一旦そこでお開きとなった。
四人ではメンバーとしては足りず、まぁその場で確保すれば良し、と適当な人を1人招いてフットサルを始める。
2時間ほどそうして身体を動かした後、休憩しようと飲み物を確保すべく、水野と小島がその場を離れた。
残された紅と藤村の間に微妙な沈黙が下りる。
「…ええ顔しとるな、自分」
ふと、藤村が言った言葉に、紅が視線をそちらに向けた。
彼がこっちを向いていないことを知ると、彼女もまた、その視線を他の試合に戻す。
「久しぶりに身体を動かしたからかな。人間、頭ばっかり使ってても駄目だね」
「せやせや。悩んだ時は身体を動かすんが一番。…で、解決しそうか?」
唐突に核心に迫る彼に、紅は苦笑を浮かべて首を振る。
ストレスの解消にはなりそうだけれど、残念ながら事の解決には結びついていない。
そんな彼女を横目に、彼は口を開いた。
「自分らの進学した学校な。結構有名やねんで」
「…そうだっけ」
「サッカー部にええキャプテンがおる言うてな。実力主義で、1年でもレギュラーにするような奴やて」
その言葉を聞いた紅は、そうだろうか、と自身の学校について考える。
良いキャプテン―――彼が?
部長として紹介されたその人を思い浮かべ、疑問符を抱く。
藤村は彼女の反応を楽しげに見つめていた。
「でもな、そのキャプテン…先月頭に入院しとるらしいわ」
「…普通に、いるんだけど」
「多分そいつはキャプテン代理やろ」
進学した自分たちよりも詳しい藤村に、相変わらずの情報通だなと思う。
そして、彼の言葉を反芻しながら、自分たちの状況を整理した。
確かに、それが事実だとすれば、納得できるかもしれない。
キャプテンと言うには、実力にも求心力にも欠ける部長。
新学年開始前に入院して、その穴を埋める形で部長を務めているのだろうか。
もしそうなら―――
「ちなみに、その有名な部長さん、退院したで。骨折やし、今月中には部活再開出来るんちゃうか?」
解決への糸口が見えた気がした。
Menu
09.04.11