夢追いのガーネット
Episode High School May

暁斗が日本を発ち、数日が経った。
平日は翼の家から学校へと通い、休日は自宅で過ごす。
そんな日々を送っていた紅は、5月のとある日…その手に入部届けを携えて廊下を歩いていた。

「やっぱりこれしかないのよね…」

4月の後半から入部届けを受け付けていたのだが、あえてこの時期まで見送っていた。
家の事が落ち着かないと言うのも理由の一つだったが、他にやりたいことがないかと考えた結果だ。
しかしながら、結局の所元の場所に帰って来た。

「まぁ、問題がないわけでもないけど」

今までは先輩として後輩たちに指導してきた。
だからこそ、これからはその後輩として指導を仰ぐことになる。
その抵抗感は拭っても拭い去れないものがあるのだが…要は、慣れだろう。
出る杭は打たれると言うから、出来る限り大人しくしていようと思う紅。
しかし、問題は彼女自身ではなく、どちらかと言うと翼のほうだ。
キャプテンとしてその本領を遺憾なく発揮してきた彼。
思うように動いてくれない先輩たちには、彼自身も戸惑いを隠せないようだ。
少し前から練習に参加している翼だが、最近は少しばかり苛立っている。
夕食後の空き時間は翼の愚痴タイムと化していた。
最後は「ごめん。こんな話ばっかり聞かせて」と反省の色を見せているのだけれど。

「溜め込んで苛々されるよりはずっといいから」

そう言ってはいるのだが、どこまで彼に伝わっているだろうか。
選抜にも参加し、高校生たちとの試合にも勝ってきた。
そんな成績があるからこそ、部活のサッカーと言うもののレベルの低さに納得できないのだ。
もっと練習すれば、と言いたくても相手は先輩。
中々難しい状況だなと思う。

「問題が…起こらなければいいんだけど…」

そう呟いた紅は、前に桜上水中学校でも似たような状況があったのだということを知らない。








放課後、サッカー部の練習を見に行く紅。
とりあえず今日は入部届けを提出し、明日から参加と言う形になったため、今日はフリーなのだ。
グラウンドではすでに3年、2年による練習試合が行われていた。
それを一瞥して点数やポジションなどを確認してから、翼の姿を探す。
彼は、1年生のグループの中で筋トレに励んでいた。
もちろん、その表情は晴れ晴れとしたものからは程遠い。
そんな彼の様子を見ていた紅は、無言で試合へと視線を移す。
中学校から続けてきたと思しき面子は、それなりの動きを見せている。
だが…メンバーの中には、まるで基礎が出来ていない選手も居た。
一年以上練習を続けたとは思えないほどに、素人同然の動きだ。

「…無理はない、か…」

翼の苛立ちの理由が納得できた。

「………相談してみようかな」

そう考えた所で、誰に相談すればいいのだろうか、と悩む。
ここはやはり、同じ立場である東京都選抜のメンバーだろうか。
暫く練習風景を見つめていた紅は、やがて静かにグラウンドを後にした。
















「―――と言うわけなんだけど」

どう思う?と大まかな流れを説明した紅は、電話の相手に向けてそう問いかける。

『まず、第一に…何で俺の所にかけてくるのかがわからない』
「一番冷静に状況を理解してくれそうだったから。あと、翼と同じでプライドが高そうだし…」
『本人を前によく言うね』
「郭はそう言うのを気にしないでしょ?」

クスリと笑う。
勉強机の椅子に座り、携帯を片手に談笑する姿は、彼氏と電話中の女子高生のようだ。
もちろん、電話の相手と紅はそんな甘い関係ではないし、彼女の彼氏はこの家の息子。

『…とりあえず…言っておくけど、俺は雪耶が満足するような答えは持ってないよ』
「そうなの?」
『部活はやってないからね。クラブの方に通ってるし。その点で行くと、結人と一馬も無駄だから』

淡々とした回答に、あ、と間の抜けた声を上げる。
そう言えば、彼らは部活ではなくクラブでその技術を磨いた口だった。
クラブは年齢ではなく実力が重視される。
故に、縦割り社会のような面倒は起こらないのだ。

「………………………」
『………………………』
「………………ご迷惑をおかけしました」
『まぁ、別にいいけど。その手のことなら、鳴海辺りがいいんじゃない?』
「そう?」
『無駄にプライドが高いし、あいつが先輩って言う所なんて想像できない』
「……プッ!た、確かに…」

想像してみても、頭がそれを拒む。
なるほど、彼はいいかもしれない。

「ありがとう。話を聞いてくれて。私ではどうしようもないから…」
『…どいつに聞いても、多分解決策なんてないよ。慣れるしか』
「わかってるんだけど…うん、ありがとう」

わかっていても、何もせずには居られないのだ。
そんな紅の性格を知っているから、郭も鳴海を提案したのだろう。
鳴海のことだ、上手くはいかないような…気もするが。






「―――と言うわけで電話してみました」
『ケッ!俺が何で椎名のために時間を使わなきゃなんねぇんだよ。もっと色気のある電話かと思ったのによ』
「…目下アタック中の彼女に言ってもいい?」
『だーっ!!何でテメーが知ってんだ!!』
「全員知ってるけど…」

相手の様子が手に取るようにわかる。
紅は笑いながら続きを話した。

「大丈夫大丈夫。人の恋路を邪魔する趣味はないから。ちょっと参考までに話を聞かせて欲しいだけ」
『くそっ…自分は実ってるからって…』
「そのうち実るかもしれないじゃない。それより、鳴海はどうしてる?」
『んなの、我慢する必要があんのかよ?』

あぁ、なるほど。
彼はそう言う性格だったなぁ、と思い出す。
我慢などと言う言葉は彼には似合わない。
先輩後輩など関係なく、言いたい事を言っている彼がありありと想像できた。
そうして歯に衣着せずに発言していても、いつの間にか溶け込んでいるのだから…人柄は悪くはないのだろう。
しかし、それが出来れば苦労していないのだ。

『…そう言うことなら藤代に聞け』
「今度は藤代?何だかたらいまわしにされてる気分ね。それに、彼は問題なく溶け込めそうだけど」
『アイツが前に言ってたぞ。桜上水でも似たようなことがあったってな』

彼の言葉に、桜上水のメンバーを思い出す。
なるほど、水野ならば、ありえるかもしれない。
寧ろ鳴海よりも、先にそちらを攻めるべきだったか。

「桜上水…じゃあ、水野か…藤村でもいいわね」
『まだあの金髪野郎と繋がってんのかよ?』
「繋がってるって…まぁ、友好関係は良好よ」
『そうかよ。………なぁ』
「ん?話に付き合ってくれたお礼に、何でも答えるけど」
『おう。女って何が好きなんだ?』
「………それは、私に聞くべきじゃないわねー…」
『何でだよ?』
「彼女にあげるものを、他の女から聞くの?それっておかしくない?姉妹ならありかもしれないけど」
『…一理あるな。悪い。自分で考えるわ』
「うん。頑張ってね」

ピッとボタンを押して通話を切る。
ふぅ、と一息ついた紅は、時間を確認した。
翼が帰ってくるまではまだ時間がある。

それならば、次は―――

「やっぱり、本人よりこっちよねぇ…」

悩みつつもアドレス帳からその人物を探し、通話ボタンを押した。

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09.01.05