夢追いのガーネット
Episode High School April
「へー…暁斗さん、結婚したんだ」
机の上に肘を付き、その手に顎を乗せる。
そんなだらしのない姿勢で、悠希がそう言った。
彼女の言葉に、うん、と頷く紅。
「って言うか、多分…あれよね。紅の保護者が必要だから、籍入れるのを早めたんでしょ」
「…やっぱり、そうだと思う?」
「十中八九そうだと思う」
「…うん。そうだと思って、玲姉さんにそう言ったんだけど…」
「どうだった?」
小首を傾げる悠希に、紅は首を振った。
「そんな事はないって笑われちゃった」
「…ま、本人には言わないと思うけど。紅がいいきっかけだったんでしょ」
「あ、それは翼と同じ意見」
同じ事を言ってたよ、と言う紅に、そりゃそうだろう、と心中で納得する悠希。
小学校からの付き合いの自分を甘く見ないで欲しいと思う。
何度か家にも遊びに行って、暁斗と言う兄がどれだけ紅を大事にしているかを知っているのだ。
彼女が障害なく暮らすためならば、きっと彼は何でもしてしまうだろう。
しかし、その行動が彼女を傷つけるのでは意味がない。
それが故に、根回しも忘れない辺りに、頭の良さを感じずにはいられないのだ。
「それにしても、結婚かー…。お祝いしたいな」
「あ、じゃあ…今日家に来る?兄さん明後日から居なくなるし」
「もう行っちゃうんだ?じゃ、お邪魔しようかな。そうと決まったら…帰り、寄り道に付き合って」
決定事項、とばかりに話を進める彼女に、紅は苦笑を浮かべた。
それから、教室の窓際に居る翼の方を見る。
余談だが、この時の席は、紅と悠希が斜めで、翼は彼女らとは対角線上の位置だった。
「翼と帰る約束だから…どうしようか―――って、悠希?」
翼の名前が出るが早いか、ガタンと席を立つ悠希。
昼休みだから誰に咎められることもない。
スタスタと歩いた彼女が辿り着いた先は翼の席だ。
それを見た紅も、慌てて彼女の後を追ってくる。
「―――と言うわけだから、紅を借りるわね」
そんな悠希の声が聞こえ、説明は終わっていたのかと思う。
とりあえず翼の返事を聞こうと彼を見ると、翼はやれやれと溜め息を吐き出し、持っていた本を置いた。
「と言うわけでも何も、全然説明されてないんだけど」
どうやら、説明が終わっていたわけではなく、すべての説明を省いて事を進めようとしていたらしい。
思わず額を押さえる紅に、悠希はニコリと笑った。
「暁斗さんのお祝いしたいから、紅の放課後は私のもの、って事」
「紅、説明」
悠希との会話を諦めたのか、翼は紅に説明を要求した。
彼女の話を聞いた彼は、そう言うことか、と納得する。
「別に構わないよ。ただ、放課後は直樹たちと集まる予定だったけど、どうする?」
「え?聞いてないんだけど…」
「朝は用事がないって言ってたから、帰りに話すつもりだったの。
まぁ、別に今日を逃したら会えないわけじゃないし」
暗に、悠希を優先しろ、と言う想いが含まれている。
それに気付いた紅は、少しだけ悩んでから苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、皆によろしく伝えて―――あ、ちょっと待って」
話している途中で何かを思いついたのか、紅が携帯を取り出した。
カチカチと何かを打ち込んでいる様子を見ると、恐らくメールをしているのだろう。
程なくして彼女の携帯のランプ部分が点滅し、着信を知らせる。
「あのさ、皆で夕食を食べに来ない?」
「…いいんじゃない?あいつらも、話を聞いたら祝いくらいはしたいだろうし」
少し間を置いたのは、直樹たちの予定を考えたのだろう。
どの道、ファミレスかどこかで夕食を食べる予定だったのだから、場所が変わるだけのことだ。
何より、彼らも暁斗や玲にはとても世話になっている。
二人の祝いなのだと言えば、来ないはずがなかった。
「……………」
「悠希、どうしたの?」
「…うん、それがいいわね」
紅の質問には答えず、自身の中で自己完結してしまったらしい悠希。
沈黙を解いたかと思うと、彼女はニコリと微笑んだ。
「夕飯は紅が作るんでしょ?私も手伝ってあげるわ。
紅一人だと、メインの西園寺監督…じゃないのか、雪耶監督が手伝うって言い出すだろうし」
「ホント?それなら、凄く助かる」
「ついでに、お祝いは悠希手製のアップルパイって事で。台所は貸してくれるでしょ?」
「もちろん!じゃあ、帰りに買い物だけしてもいい?皆が来るなら、メニューを変えないと」
一人でも作る事はできるけれど、悠希が手伝ってくれるならば百人力だ。
とは言っても、彼女は得意と言うわけではなく、あくまでそれなりに作る事はできるという程度。
そんな彼女が唯一誰からも絶賛されるのがアップルパイと言うわけである。
暁斗も玲も気に入った様子だったから、お祝いの品にはぴったりだろう。
話がまとまった所で、黙っていた翼が口を開く。
「で、何時頃に帰ればいいの?」
「えっと…6時半…だと玲姉さんが忙しいかな。7時にしようか」
「ん。じゃあ、そう伝えとくよ。ごめん、紅ばっかりに用意させて」
「いいよ、こう言うの好きだから。それに…兄さんのことを祝ってもらえるの、嬉しいから」
そう言って笑った紅は、本当に嬉しそうだった。
結局の所、あとから伝えられたにせよ、二人の結婚は彼女には嬉しい報せなのだ。
このところ、気が付けば笑ってる、と自分で言うだけの事はある。
暁斗も大変妹を大切にする…俗に言う、シスコンだが、その流れで行くと紅も十分ブラコンだ。
「ちょっと、椎名。準備を手伝う私に労いの言葉はないの?」
「…食べられるのを用意してよね」
「…っ相変わらずいい性格ね、全く!尽力させていただきますよ。
紅の料理で舌が肥えてる誰かさんを満足させられるかはわかりませんけどね!」
紅はそんな二人のやり取りを、慣れた様子でニコニコと眺めている。
高校に上がれば、嫌でもこの光景は見られなくなるだろうと思っていた。
しかし、紅や翼と同じように、悠希もまた同じ高校へと進学したのだ。
学力的には二人よりも5位ほど落ちる彼女だが、レベルとしては同じ範囲だったと言うこと。
もちろん、紅に合わせたわけではなく、通学距離や学力を考えた上で最善の学校を選んだだけだ。
必然ではなかったけれど、離れなかった事は素直に喜べる。
本当なら、他のメンバーも一緒だったら良かったけれど…そこは、仕方ないと言うべきだろう。
受験と言う壁を前にすれば、学力で学校が分かれるのは当然のことだ。
「そう言えば、食費はどうすんの?」
「食費に関しては、両親から毎月振り込まれてるから。ちょっと多めに使うね、って話してあるし」
「そ。じゃあ、アップルパイの材料だけは別で買うわね」
「小麦粉とかは使っていいよ?材料の分だけ買うのって面倒でしょ」
「…じゃあ、その辺は貰うわ。ありがと」
「悠希のアップルパイ久しぶりだなー。楽しみ」
「こらこら、アンタの兄さんのお祝いだからね」
「わかってるわよ」
「それにしても…凄い量ね。学生服を着た女子高生が買い込む量じゃないわよ」
「だって…いっぱい食べるし」
「…まぁ、育ち盛りだからね。それにしても…こんなに大量の買い物をしてると、おばさんみたい」
「大丈夫!学生服来たおばさんなんていないから」
「…流石に、慣れてるわね、紅」
「そりゃ、中学校の時からやってますからねー」
Menu
08.12.13