夢追いのガーネット
Episode High School April
学校からの書類を片手に、紅は暁斗の部屋を訪れた。
彼はデスクに向かってパソコンのキーボードを叩いている。
「兄さん」
「どうした?」
「保護者枠なんだけど、どうしておけばいい?」
「あー…とりあえず、俺で。
学校には…多分6月までには帰ってくると思うから、それまでは玲に連絡してもらうように伝えておく」
暁斗はタン、と少し強めにキーを打つと、漸く紅を振り向いた。
彼の言葉に、紅は少し驚いた様子だ。
「6月までに帰れそうなんだ?」
「あぁ。さっき連絡が入った。どの道、俺が状況をまとめる必要はありそうだけどな」
淡々と答える彼に、そっか、と頷く。
「玲姉さんが保護者にって、大丈夫なのかな。ほら、血縁関係とか」
「義姉なんだから問題ないだろ」
「それもそう―――って、え?」
納得しかけた所で、ふと気付く。
義姉―――いや、確かにそうなる予定ではあるけれど。
少なくとも、まだ書類上の関係はないはずだ。
首を傾げる紅を見て、暁斗はどうしたんだと問う。
だが、彼女が何かを言う前に気付いたようだ。
あぁ、と頷く彼。
「話して…なかったか。悪い、ちょっと忙しくて、それ所じゃなかったな」
「何が?」
「籍を入れたんだ、俺たち」
「席、咳…籍…入籍!?」
せき、と言う漢字を色々と思い浮かべる。
最終的に、今の状況に合う漢字を導き出した紅は、驚きを露にした。
「聞いてない!」
「悪い」
「入籍って、結婚!?」
「まぁ、そうなるな」
「…聞いてない!」
「だから、悪かったって。とりあえず、落ち着け」
混乱している様子の妹を見て、暁斗はポンポンと彼女の肩を叩く。
彼の手に、一旦言葉を止めた紅は、すくっとその場で立ち上がった。
「姉さんに聞いてくる!」
「おー。ついでに夕飯を食べに来いって伝えてくれ」
バタバタと勢いよく玄関に走っていく妹の背中に声をかける。
聞こえているかどうかはわからないけれど。
「玲姉さん、入籍したって本当!?」
出かけている翼の母の代わりに応対に出た玲は、開口一番そう言った紅に思わず笑い声を零す。
自分の口から伝えるから、と言われていたので、忙しくなかった玲も彼女に伝えなかったのだ。
「ええ、本当よ。漸く伝えたのね」
「し、信じられない…!」
スリッパをすすめられ、靴からそれに履きかえるや否や、紅はその場に座り込んでしまう。
少し前に妹になった彼女を前に、玲はクスクスと笑った。
「妹が知らないってどうなの…。あんまりだわ…」
「紅の誕生日に入籍したのよ。ごめんなさいね。暁斗が自分で伝えるって言っていたから」
「…………………ううん。もう、いいよ。今聞いたんだし…それより、翼いる?」
突然話を変えた紅に疑問を抱きつつも、上に居ると教えてやる。
すると、彼女は忘れていた「お邪魔します」を告げてから、二階へと上がっていった。
程なくして、二人分の足音が階段を下りてくる。
「玲、ちょっと出かけてくる」
ジャケットを羽織った翼がリビングへと顔を出した。
その言葉に時計を見上げれば、時刻はまだ午後1時を少し過ぎた所。
高校生になった彼らを、今からどこに?と止める必要はない。
「行ってらっしゃい」
気をつけていくのよ、と手を振れば、翼の後ろから紅が手を振り替えしてくれた。
二人の姿が見えなくなり、玄関が開いて閉じる音がする。
カーテン越しに、並んで歩く彼らを見送ってから、ポケットに入れていた携帯を取り出した。
「―――随分と遅かったわね。紅が残念がってるわよ?」
『悪かったって。忘れてたんだ』
「…酷い人」
『そう言う奴だって知ってるだろ?』
「ええ、そうね。いつだって紅一筋の兄馬鹿で、仕事馬鹿な人。私は何番目なのかしら?」
『順位をつけるものじゃないだろ。それより、今日は夕飯を食べに来いよ。紅も喜ぶ』
「はいはい。紅が翼と出かけたわよ」
『そうなのか?あぁ、そうらしいな。―――気をつけていけよ!………悪い、紅が帰ってきてた』
電話の向こうに大きく声をかけてから、彼の声が再び携帯越しに近くなる。
紅が出かける用意を取りに帰ったのだろう。
ありありと想像できる様子に、クスリと微笑んだ。
「今日の夕食は賑やかになりそうね」
『そうだな。紅からの質問攻めだ。覚悟しておいてくれ』
「ストッパーでも呼んでおく?今日はおじさんもおばさんも遅くにならないと帰らないし」
『そうだな、頼んだ』
「ったく…急に出かけたいなんて、どうしたの?」
「兄さんたちが入籍したの、知ってた?」
「あぁ…玲から聞いた。紅から言ってくるまで伝えるなって言われたけど」
住宅街から街中への道を歩きながら、そんな会話を交わす。
翼の返答に、紅はガクリと肩を落とした。
「兄さんらしいけど…何か、むかつく。何で妹の私より先に翼が知ってるの!」
「俺に言われても困るって。それより、何が目的?」
「今日初めて聞いたから、お祝いを何もしてないのよ。それを買いに行くの」
翼は、なるほど、と頷く。
その為に貴重な休みを返上することになったわけか。
最近、二人で出かける機会が少なかったので、それが理由なのかと思っていたけれど。
状況は恋人同士のデートでありながら、片方はやや不機嫌モードだ。
空気が違うよな、と思いながらも、それを口には出さない。
紅は怒っているのではなく、どちらかと言えば残念で哀しいのだ。
本当ならば、一番に祝いたかっただろうから。
「ちょっと高めのを買うなら、駅前の百貨店は?」
「…そうしようかな。何がいいと思う?」
「新居に移るなら、食器とかが打倒な所だけど…」
「あー…多分、移らない。姉さんがこっちに来るんじゃない?」
「そうなるだろうね。じゃあ…置物、とか?」
翼の提案に、うーん、と頭を悩ませる紅。
「…見てみないとわからないね。ごめん、付き合わせて」
漸く落ち着いてきたのか、紅は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
そんな彼女に、翼は軽く溜め息を吐き出す。
それから、空気を掴んでいた彼女の手を取って握り締めた。
「いいよ。出かけるのは久しぶりだし」
「…そっか。本当だね」
「少し遠回りする?」
「うん!」
嬉しそうに答えてから、きゅっと手を握り返してくる。
二人を包む空気が、漸くそれらしいものへと変化した。
Menu
08.11.28