夢追いのガーネット
Episode High School April

窓の向こうに、慣れた家が見える。
完全に正面と言うわけではないけれど、自室の窓も見えた。
カーテンが閉まっていて、部屋の中を見ることは出来ない。
じっと見つめた所で状況が変わるわけでもなく、紅はハァ、と溜め息を吐き出した。
その時、頃合を見計らったかのように、コンコンと部屋のドアがノックされる。

「はい!」
「入っていい?」

聞こえてきたのは翼の声だ。
紅はとりあえず広げていた荷物の中の下着だけを引き出しに押し込んでから、どうぞ、と声を上げる。
ガチャリと開いたドアの向こうから部屋の中に入ってくる翼。

「片付いて―――はないみたいだね」
「うん、ごめん」
「いいよ」

申し訳なさそうな顔をした紅に、翼は責めていない、と首を振る。
そして、部屋の中を横切って窓に近付き、鍵を開けて部屋の空気を入れ替える。
サァッと入り込んできた風は、冷たくもなく心地良い。

「自分の家を眺めるのはどんな気分?」

ニッと口角を持ち上げて、翼がそう問いかけた。
紅は肩を竦めて答える。

「複雑。でも新鮮…かな」

そう言って、整理途中の物が散らかっている部屋の中を見回す。
入ったことはあるけれど、使ったことはない部屋。
ここが、これから暫く自分の部屋になるのだと思うと、やはり少しだけ不思議だ。









―――紅をよろしくお願いします、ってな。

その言葉通り、紅は翼の家…椎名家にお世話になることになった。
家族ぐるみで付き合いの深い両家。
翼の両親も、暁斗の提案を二つ返事で快諾したと言う。
家が隣なのだから、何も紅が部屋を用意してもらう必要はないようにも思える。

たとえ隣に頼れる人達が居るとしても、若い娘が一軒家に一人暮らしは危険。

これは、翼の母親の意見だった。
そこで、手を上げたのが玲。
『週末は私が暁斗の家に泊まらせてもらうわ。それなら、紅も帰れるでしょう?』
それはそうだと納得し、あれよあれよと言ううちに、紅の居候が決定した。
一応、本人の意思を確認し、残りたいのならば頼む。
そう言って頭を下げて帰って来たのは、紅が学校から帰ってくる3時間前のことだった。










「やっぱり、悪い気がするなぁ…」

家で余っていた為に持ってきた折りたたみ式のベッドに腰を下ろし、そう呟く紅。
ベッドまで購入されかねない勢いだったので、慌てて暁斗に運び込んでもらったものだ。
窓の所で紅の家を見ていた翼が、呆れた風に口を開く。

「それ、母さん達に言ったら数時間解放されないよ。説得されるのが関の山」
「う…いや、それはそうなんだけど」
「生活費は暁斗が払うって言ってるし、うちの親はそれで納得してるし、喜んで歓迎しまくり。
…何か問題でもある?」

隣で自分の家を見ながら居候、と言うのは、やはり申し訳なさが先に立つものだ。
翼に何を言われようが、やはり納得できない部分があるらしい。
そんな彼女に、彼はハァ、と溜め息を吐き出してから、ベッドに腰掛ける。
ギシッとスプリングが声を上げた。

「……、…………………」
「?」

何かを言おうと口を開いているのに、一向に何も言おうとしない翼。
言葉を失っているわけではなく、躊躇しているようだ。
紅はそんな彼を前に首を傾げて見せた。

「……とにかく、納得しなよ。来週からなんだから、すぐに慣れる必要ないし」
「…ん」
「それから……………言っておくけど、…」

ここで、また言葉がとまってしまった。
やはり躊躇って出てこない言葉の続き。
彼らしくないな、と思いつつ、急かすこともなく続きを待つ紅。

「俺も、一人暮らしをさせるのは反対だからねっ」
「翼…」
「隣って言ったって、紅に何かあったってわからない。それなら、隣の部屋に居てくれた方がずっとマシ!」

紅の視線に耐えられなくなったのか、フッと視線を逸らしながら、彼は口早に言った。
隣に座っているにも関わらず横顔すら見えない状態だけれど、その耳は少し赤い。
そう言えば、彼は両親から暁斗の仕事の話を聞き、わざわざ家まで来てくれたのだ。
あの時の反応は、紅が引っ越すことをよく思っていないもの。

―――心配、してくれたということなのだろうか。

ほんのりと、胸の辺りがあたたかくなった。

「…来週から、よろしくね」

ぽすん、と彼の肩に頭を凭れさせる。
相変わらず顔は背けられたままだけれど、肩を借りることを拒まれたりはしなかった。














「紅、そろそろ…」

開いたままの部屋の中を覗き込んだ暁斗は、そのまま口を閉じた。
窓から入り込んでくる風が柔らかくカーテンを揺らしている。
ベッドの上に座り、壁に背中を預けたままの二人。
お互いを支えあうようにして転寝している少年少女に、暁斗の表情が緩む。

「暁斗?」

後ろからやってきた玲に、しーっと人差し指を唇の前で立てる。
それから、クイッと部屋の中を親指で指せば、彼女もその中を覗き込んだ。

「あらあら…。疲れたのかしら」
「軽ーく苛めたみたいになっちまったからなぁ…」

紅の意思を聞き出す為なのに、少しばかり意地悪をしてしまった。
大事に育ててきた妹と離れなければならない、心中複雑な兄心だと思ってもらいたい。
頬を掻く彼に、隣の玲が肘で彼を突く。

「兄としては心配なんじゃないの?16歳になったばかりの大事な妹を、恋人の家に居候させるなんて」
「いや、これを見たら引き離すとか…思いつかないだろ。紅が喜ぶなら、それでいい」
「高校生で彼と同棲か…思いも寄らない展開ね」

玲の言葉に、ピシッと音を立てて固まる暁斗。
考えていなかったわけではない。
ただ、考えないようにしていたのだ。
同棲と言うのは少し言葉が過ぎるだろうけれど―――つまり、一つ屋根の下で暮らすと言う事に違いはなく。
ましてや、今までとは違って二人は高校生。
それなりに世間の善し悪しもわかる年齢で、言ってしまえば自己責任で動けるようになる年頃だ。
二人の間に何かがあったとしても、状況的には不思議ではないわけで。

「…玲」
「はいはい。そんな微妙な表情をしないでちょうだい。翼はちゃんと分別はつく子よ」
「そう、だよな」
「両親が居るのに、危ない橋を渡る子じゃないわ」
「―――――っ!紅、起きろ!!帰るぞ!!」

眠い目を擦った紅が暁斗に手を引いて連れて帰られる光景に、玲はクスクスと笑い声を上げた。
紅が幼い頃から、何も変わらない光景だ。

「紅が幸せなら常識や世間なんてどうでもいいんだろうけれど」
「ふぁ………玲…何やってるわけ…?」
「別に。…お兄さんは複雑ねぇ」
「…ババくさいよ、そのセリフとか、表情とか」

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08.11.20