夢追いのガーネット
Episode High School February

「雪耶。言い難いんだが、苦情が出てるんだ」

部室の整理をしていると、入ってきた部長に開口一番そう言われた。
苦情とは何だろう、とファイルを手に振り向いた紅に、彼は困ったように頬を掻く。

「例の差し入れの所為で練習が捗らないとかですか?」
「いや、そうじゃなくて…逆だ。椎名に渡せないと部員から文句が出ているらしい」

ただでさえ短い放課後の練習時間が少し延びた休憩時間の影響を受けているというのに、まだ文句を言うのか。
もはや呆れを通り越した。
紅の表情に気付いた部長は、そうだよな…と溜め息を吐き出す。

「けどなぁ…監視されているようで嫌だって…どうすればいいと思う?」
「知りませんよ、そんなの」
「差し入れのお蔭で士気が上がっている連中もいるからな…俺としては、感謝してるんだ。だから―――」

トン、とテーブルにファイルを立て、整える。
大きくはないその音だが、部長の言葉を止めるには十分だった。

「…何が言いたいんですか?」

図らずも声が低くなってしまった。
彼が何を言わんとしているのか、わからないほど子供ではない。

「椎名に一回でもいいから受け取るように言ってくれよ。な?」
「…差し入れは希望者だけに決まったじゃないですか。その一度がずるずると繰り返されると思いますよ」

相手は前の部長のように大人ではなかった。
反対されれば、その倍以上の反発を返したくなるような、言ってしまえば子供な性格。
一歳しか年が変わらないのだが、それでも後輩に睨まれるような状況は彼にとっては喜ばしいものではない。

「差し入れくらい我慢しろよ、ガキじゃあるまいし。お前らの所為で料理部の機嫌を損ねたくねーんだよ」

苛立ちのままにそう言った部長。
あぁ、やっぱりこう言う人だったのか―――紅の中でピースがはまるように納得できてしまった。
前の部長が良すぎる例だったから、今の部長が酷く見えるだけと考えようとしていた。
それなのに、こうして目にしてしまうと、自分を誤魔化すことすら出来なくなる。

「元生徒会長っつー割には協調性の欠片もねーのな」
「望まない差し入れを受け取らせることが協調性なんですか?」
「円満にことを済ませるための手段。それを嫌がるのはお前ら二人のわがままだろ」

あんたに言われたくない。
そんな言葉を飲み込んで、紅は落ち着くようにひとつ息を吐き出す。
気に入られていないことは感じていたけれど、本人を目の前に言うような人だとは思わなかった。

「本人がどうするかはわかりませんけど、好きにすればいいと思います」
「だーかーらー。お前に遠慮して椎名が受け取らねーから無理だっつってんの。わかる?」

小馬鹿にした態度が癪に触るけれど、ファイルを握り締めることで耐える。
そして、紅は正面から彼を見た。

「つーわけだから、お前は部室の掃除でもしててくれよ。ドリンクは他のマネでも問題ねーし」
「…わかりました」
「悪いな!頑張ってくれよ。何だったら当日まで休んでもいーからな!」

途端に気を良くした様子で笑顔すら浮かべながら部室を出て行く部長。
残った紅は、ファイルから手を離して深い溜め息を吐く。

「学校の部活って面倒…」

紅が所属していた剣道部はこんな浮ついたことはなかったし、サッカー部は翼が仕切っていた。
まるで人の畑で作業しているような居心地の悪さだと思う。

「…玲姉さんに相談してみようかな…」

もしかすると、何か助言がもらえるかもしれないから。














休憩に入っていつものように料理部が差し入れにやってきたのが見えた。
掃除のために開けた窓から男子の嬉しそうな声が聞こえて、くだらない…と思う。
さっさと掃除を済ませてしまおうと思った紅の耳に、部室に近付く足音が聞こえた。
彼女が顔を上げたところでドアが開き、不機嫌丸出しの翼が中に入ってくる。
ご丁寧に、彼は部室の鍵まで閉めてしまった。

「…どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない。あの馬鹿になに言われたの?」

あの馬鹿とは部長のことだろうか。
翼自身は渋沢部長寄りだから、今の部長は好いていない。
おそらく向こうも翼を良く思っていないだろうけれど、実力があるので何も言えないのが現状だ。

「あいつが、紅が受け取っていいって言ってたって。大声で言う所為で、群がってきやがった」
「……………まぁ、そうなるだろうとは思ってたけど。翼に渡したければ好きにすればいいって言ったわ」
「…それのどこをどう曲解すれば受け取っていいになるわけ?本当、鬱陶しいんだけど、あいつら」

かなり強引に差し入れを渡されたのだろうけれど、翼はひとつも受け取ってこない。
それが彼であり、また彼の優しさなのだろう。
紅が言ったという言葉を鵜呑みにせず、本人に確認に来るところも―――その行動全部が、信じられる。

「ねぇ、翼」
「うん?」
「飛葉中のサッカー部。懐かしいよね」
「……そりゃ、ね」
「…恋しいなぁ」

いつまでも同じ場所に留まってはいられない。
子供は大人へと成長していくのだ。
けれど、とても楽しくて充実していた日を知っているから、今の状況には違和感を覚えてしまう。



翼がそっと紅の手に触れた。
俯いていた顔を上げる彼女。

「今夜…紅の部屋に行くから。ここでは落ち着いて話せないし」
「…うん」
「…あいつに何を言われたのかは聞かないけど、受け取らないのは俺の意思だからね」

翼が受け取らないのは紅のためではあるけれど、自分のためでもあるのだ。
自分が嫌だと思うから拒む。
相手が気の毒だという気持ちがないとは言わないが、翼からすればそれは迷惑でしかない。
どんなに本気でぶつかられても、受け入れることはないから。

「取り巻く環境とかが違ってて、たぶん不安にさせてると思うけど…」
「…ううん、大丈夫だから」
「紅がそう言うときって大丈夫じゃないよね。とにかく、夜に話そう」

手を握ったまま告げられる言葉に、紅は小さく、うん、と頷いた。
翼と話をしていて、気付く。
自分で思っている以上に色々と考えてしまって落ち込んでいるようだ。
部の部長に好かれていないとわかって気にしない人間はいないだろう。

「…本当なら今すぐにでも帰りたいけど」
「まだ部活中。駄目よ」
「…わかってるって。でも、休憩が終わるまではここにいるから」

部室だということを思い出して手を離そうとしても、翼がそれを許さない。
手の平から与えられる体温は2月の気温には温かく、そして優しすぎる。

「今日の夕飯は何すんの?」
「今日は玲姉さんの担当」
「玲か…」
「肉じゃがの材料が揃ってたから、たぶんそれじゃないかな」

あえて新しい話題を提供してくれる翼の気配りに乗って、何気ない時間を過ごす。

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10.02.08