夢追いのガーネット
Episode High School February
先ほどまでの作業を終えて、次の段階に移ろうとした紅がきょろ、と周囲を見回す。
どうやら、記録用のノートを部室に忘れてきてしまったようだ。
取りに戻ろうとベンチから腰を上げたところで、部室から出てくる人影に気付く。
「本当にありがとうね、本庄くん!!」
「いやいや。こっちこそお礼言わねーとな。部員たちも喜ぶし」
出てきたのは部長と、見覚えのない女子生徒。
仲良さそうにしているところを見ると、同じクラスメイトなのかもしれない。
彼女は近付いてくる紅に気付くと一旦動きを止め、それからにこりと微笑んだ。
部長と同じ学年ということは先輩だ。
こんにちは、と挨拶すれば、彼女はふわりと笑って同じように挨拶を返してくれた。
そして、軽い足取りでグラウンドを離れ、校舎へと走っていく。
「あ、雪耶。ちょうどよかった。次の休憩の時に料理部が来るからな」
「…料理部?」
首を傾げる紅に、あぁ、と答えた部長は心なしか嬉しそうだ。
話によると、この時期になると料理部に入部したいという女子生徒が増えるらしい。
普段は目立つところもない部活だが、女子高生にとっては一大イベントであるバレンタインを控えれば話は別。
そう言えば『料理部の作るお菓子は男心を掴む』という奇妙な噂があると悠希が話していた。
イベントのお蔭で部員が増えるこの時期。
出来ればその後も残ってくれることを期待して、バレンタインには力を入れているらしい。
そこで先ほどの彼女、料理部の部長が思い付いたのが作ったものを食べてもらうこと。
その相手として丁度良いと白羽の矢が立ったのがサッカー部、と言うわけだ。
人気も人数もぴったりらしい。
―――と、部長の話を聞いていた紅は、心中で溜め息を吐き出した。
この部長は女子からのお菓子に目を輝かせている。
部員の士気が上がると言っているが、半分以上は自分のためでもあるような気がした。
「(渋沢部長の方が良かったなぁ…)」
スキルもあるし、彼ほどではないにせよ部員を上手く引っ張ってくれる。
だが、女子に弱いところが玉に瑕というべきか、これが普通の男子高校生だと諦めるべきか。
「雪耶、休憩のドリンクはお菓子に合わせて紅茶を―――」
「ドリンクはスポーツドリンクです」
呆れた様子できっぱりと答えると、紅は彼を押し退けて部室の中にノートを取りに行った。
少し長めの中休憩。
紅が用意したドリンクが全員に行き渡った頃、後者からぞろぞろと団体が出てきた。
事情を知らないサッカー部員たちが「何事だ?」とざわめく。
「喜べ、お前たち!料理部からの差し入れだ!!」
部長の言葉に8割の部員が喜んだ。
残り2割は、普段から落ち着いていたり、彼女がいたり、甘いものが嫌いだったりする面子。
ちなみに、彼女がいても喜んでいる部員もいるが、そこは見て見ぬ振りだ。
「男子って…」
群がるように料理部の元へと駆け寄った彼らを見て、紅は呆れた溜め息を吐き出す。
「…何、あれ」
いつものように紅の傍らでドリンクを飲んで休憩していた翼の声もまた、呆れが前面に出ていた。
料理部もサッカー部に渡せるのが嬉しいのか、普段以上に見た目に気合が入っている。
「渋沢部長が懐かしい…」
「それ、禁句。口に出すと切なくなるから」
浮ついた感じがなく、寧ろ漬物石のようにどっしりと構えてくれているお蔭で、安心して部活に臨む事が出来た。
部員がどんな風だろうと落ち着いた笑顔で対処してくれた彼は、既に社会人としてもやっていけそうだった。
数ヶ月前が懐かしい、とシャーペンを持つ紅の手に力が篭る。
「今日からバレンタインまで平日は毎日だからなー!俺に感謝しろ!!」
ポキリ、とシャーペンの芯が折れた。
「………ねぇ、翼。ここなんだけど」
「うん?」
二人は気持ちを切り替えようと、作戦ノートを見下ろした。
「あの、椎名くん」
声が聞こえてそちらを見ると、可愛らしくラッピングされたお菓子を持つ料理部員の一人がそこにいた。
何、と返事をする翼に、彼女は視線を彷徨わせる。
「これ、差し入れなんだけど…」
そんな声を聞きながら、ふと視線が気になった紅は周囲に目を向ける。
料理部の何人かが恨めしそうにこちらを見ていた。
状況から察するに、差し入れが全員に行き渡るよう担当を決めているようだ。
「いらない」
迷う暇もなく答える彼に、彼女が肩を震わせた。
「…でも、折角作ったから…。それに、椎名くんは甘いもの嫌いじゃないでしょう…?」
あまり気が強いタイプではないらしい。
それでも粘る姿を見れば、何となくどころかしっかりとわかってしまう。
気にならないと言えば嘘になる。
けれど―――
「…もらってあげたら?」
そう告げた声は、紅が思っていたよりも頼りなく小さいものだった。
紅の言葉を聞いた翼は一旦紅を見て、それからゆるく首を振る。
「俺が嫌」
そう言ってから、翼は料理部員を見た。
「甘いものは嫌いじゃないけど特別好きでもない。しいて言うなら、紅が作るのが好き。
大体、貰いに行かずに紅の傍にいる時点で察してくれない?俺は妬かせて喜ぶほどサドじゃないんだよね」
紅は翼の言葉に俯きそうになるのを必死に我慢した。
彼女は紅と翼を交互に見てから、小さな声で、ごめんなさい、と言い残して走り去っていく。
まったく…と翼が溜め息を吐き出す。
「こうなるのがわかってるから嫌なんだよ。…部長に文句言ってくる」
「…翼」
ドリンクを片手にご満悦の部長の元へと足を向けた翼。
そんな彼を小さな声で呼び止める紅。
しっかり声に反応して振り向いてくれた翼に、紅が口を開いた。
「ありがとう」
笑顔でそう言うと、翼は首の後ろを掻いてからピンッと紅の額を指で弾いた。
「俺の役目なんだから、当然」
「…うん」
「部長のところに行って来るから」
ぽんぽんと紅の頭を撫でてから、今度こそ部長の元へと向かう。
部長のところで話し込む翼を眺めながら、紅は小さく息を吐き出した。
頭を撫でた翼の手が、とても大きく感じた。
紅の覚えている手より大きくて、骨ばってきていて。
そう言えば、彼との身長差も、少しだけ広がった気がする。
「“男の子”じゃなくなってきてるんだなぁ…」
翌日から、差し入れは希望者のみということになった。
例の8割がそれを希望したので、担当はその中でローテーション。
あまりは彼らの中で公平に分けるということで片がついたようだ。
「って言うかさ…部活で喉が渇いたりしてる所にクッキーって…よく食べられるよね、あいつら」
「…まぁ、欲と二人連れで何とかなるんでしょ」
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10.02.07