I caught a cold.
「あー…頭痛ぇ…」
朝起きた時のコンディションは最悪だった。
それでもだるい身体に鞭を打って学校の準備をする暁斗。
自分の体調がわかっていないわけでもないだろうが…本日の彼女の中に、休むという選択肢は無かったようだ。
「おはよう、紅」
「あ、おはよ。お姉ちゃん」
「おはよー。母さん、聖」
少しだけ乱れた髪を洗面台の前で梳かすと、暁斗はリビングへと足を運んだ。
朝食をテーブルに並べる母親と制服に身を包んだ聖に迎えられる。
いつもと同じ調子で朝食を済ませると、暁斗は鞄を持って玄関へと向かった。
「んじゃ、行って来ます。部活があるから…帰りはいつも通りになると思う」
「気をつけて行ってらっしゃいね」
母親に見送られながら暁斗は家を出た。
けほっと乾いた咳が零れる。
「……やっぱ風邪か…」
家から持ってきた薬を飲んだが、一向に納まる事のない頭痛にウンザリとしていた。
朝練を終えて、部員達が徐々に自分のクラスへと向かっていく。
補足するならば、少し医療を齧っている者ならば、こんな状態で朝練をするなんて…と眉を顰める位の状態である。
「暁斗ー。行かへんのか?遅刻すんでー?」
「あ、悪ぃ」
思い出したように、前を進む成樹の後を追う。
彼の隣に肩を並べたところで、じっと見つめる成樹の視線に気付いた。
「…どうした?」
「………何でもあらへんよ」
いつまでも目を逸らそうとしない成樹に、暁斗が不思議そうに聞いた。
ふるふると首を横に振ると、成樹は靴箱の方へと歩き出す。
暁斗も同様に成樹の横で足を動かした。
いつものように、屋上で授業をサボっていた暁斗だったが、朝同様に表情は晴れない。
「(うーん…やっぱ早退した方がいいかなぁ…)」
そんな事を考えながら、寝転がったまま見るともなしに青い空を見上げる。
とりあえず倒れそうなほど酷いと言う事は無い。
逆に言えば、酷くないからその一線を超えるのを憚られているのだ。
「…暁斗」
「(全然マシになってねぇし…このまま無理すると酷くなるか…。週末には練習試合もあるしな…病院行くかー…)」
「暁斗!」
「うわっ!!…何?」
突然耳元で大声を出され、暁斗は珍しくも肩を揺らした。
驚いたようにそちらを見れば、どこか怒ったような成樹が彼女を見下ろしている。
「さっきから呼んどるのに…」
「悪い。考え事してた」
誤魔化すようにケラケラと笑う。
その時、成樹が呆れた表情を見せながら顔を近づけてきた。
「し、成樹…?」
「ちょお動かんときや」
そう言われて思わずピタリと動きを止める。
そんな彼女の額に、成樹は自分の手を当てた。
「……やっぱ熱あんねんな…」
「え…な、何で気づいてんだよ!?」
「何でって……そんだけ顔色悪かったら気づくっちゅーねん」
当たり前の事のように言い放つ成樹に、暁斗は開いた口を閉じるのも忘れていた。
そして、思わず笑みをこぼす。
「家族にも気づかれなかったのになぁ…。成樹には敵わねぇよ」
お手上げ、と言わんばかりに両手を上げる。
それから、力尽きたかのようにパタリとコンクリートの上に寝転がった。
「おおきに。無理せんと、早退した方がええんちゃう?」
「んー……だな」
気付かれたならば、仕方ない。
鞄を取りに行こうと立ち上がった暁斗だったが、急な立ち眩みに思わず地面に逆戻り。
その様子を見ていた成樹が、彼女の頭をポンポンとたたく。
「この優しいシゲちゃんが鞄取ってきたるさかい…大人しゅうしとき?」
いつもより優しい声でそう言われて、暁斗は黙って頷いた。
それを見て、成樹は満足そうに笑みを浮かべると、階段を降りていく。
「あーあ…折角心配かけないように黙ってたんだけどなぁ……逆効果」
そんな事を言いながらも、暁斗は嬉しそうだった。
家族も気づかなかった暁斗の異変に、誰よりも早く気づいた彼に。
いつも以上の優しさをくれる彼に、嬉しさばかりが込み上げてくる。
表情を緩めて、頭を空へと向ける。
頬を撫でる風が心地よかった。
数分後、階段を上がって来る靴音に暁斗は閉じていた目を開いた。
「待たせたな。大丈夫か?」
「ん、まだ大丈夫だって。さんきゅ」
暁斗は自分の鞄を受け取ると手すりを持って立ち上がった。
いつもよりも鞄が重く感じるのは、自分の体力がおちている所為だろうか。
朝練に参加できたことが不思議なくらいである。
「んじゃ、先生のとこに寄ってから帰るわ」
「ああ、もう言うてきたで?」
「……マジ?」
「マジ」
階段を降りつつ暁斗が横を歩く成樹に視線を向ける。
「ちなみに、タツボンにも言うてあるで」
「……さすがだな」
「おおきに。もっと褒めたって」
「さんきゅーな」
靴箱の方へ向かいながら、暁斗が成樹に礼を述べた。
が、その時ようやく成樹の手の中にある荷物に気づく。
「………何でお前まで鞄を持ってきてるんだ?」
「帰るからに決まっとるやん」
「…何で?」
「そんなふらふらやのに、一人で帰したら危ないやん」
事も無げにそう答える成樹に、暁斗は頭痛が酷くなったような気がした。
はぁ、と溜め息を吐き出すと、徐にポケットから携帯を取り出す。
「あぁ、母さん。うん、暁斗。悪いんだけどさ、迎えに来てくれないかな。何か風邪引いたみたいで……うん、早退する」
ありがとう、と言う言葉を最後に、暁斗は通話を切った。
それから、携帯をポケットに仕舞いこみつつ成樹を見る。
「っつーことで、迎えに来てくれるから。お前は授業にでも出てろ」
「…酷いわぁ。そんなにシゲちゃんと帰るのが嫌なん?」
「あのな…男が普通早退の友人に付き合うか?」
彼女でもあるまいし、と声を低くする。
そんな暁斗に、成樹は漸く気付いた。
今の彼女は女ではなく、男。
つまりは、暁斗と成樹は同性の親友と言う関係なのだ。
確かに、水野が体調不良だったとして、何かしてやるとすれば、鞄を持ってきて担任に早退を伝えるところまでだろう。
そこから付き添うのは、それが彼女だった時くらいだ。
「分かったら、お前は残れ。OK?」
「…しゃーないな。変な噂が立つのもごめんやし。ここは退いとくわ」
「そうしてくれ。んじゃ、さんきゅーな」
そう言って手を振りつつ、フラリフラリと歩いていく背中。
危ないなぁと思いつつ、母親が迎えに来るならば自分が手を出す必要は無いだろう。
そう思いながらも、成樹の足は暁斗の後を追う。
玄関を抜けて校舎から離れていく背中を、靴箱に凭れながら眺め続けた。
暁斗の向こうに覚えのある車が止まったのを見て、漸く安堵の息をこぼす。
彼女を乗せて小さくなっていく車が見えなくなり、成樹はクルリと踵を返した。
Rewrite 07.10.16