言葉の裏側

「あと10秒」
「何のことや?」
「8、7、6…」
「暁斗?」
「3、2…」

ゼロ、と。
最後の数字を口ずさむ暁斗の声と、屋上の扉が勢いよく開くのはほぼ同時だった。







「シゲ先輩!やっと見つけましたよ!!」

この所毎日のように、暁斗の貴重な睡眠時間を削ってくれる女子生徒。
尤も、彼女のお目当ては彼ではなく成樹の方。
しかし、どちらにせよ一緒にいる暁斗としては迷惑な事この上ない。

「な、俺さすがだろ?」
「ようわかったなぁ…」

ここで寝るのは無理と判断した暁斗は早々に身体を起こした。
少し寝転んでいた所為で強張った身体を解すように、軽く腕を回す。

「雪耶先輩もこんにちは!」
「はい、こんにちは」

容姿的には割りと可愛らしい部類に入る女子生徒。
まだ小学生の可愛らしさが抜けきらない感じの子で、それが保護欲をそそる。
妹のような子ではあるが……毎度安眠の邪魔をされる為に、暁斗の好みではないようだ。
当たり障りのない会話を交わすと、暁斗は階段の方へと歩いていく。

「暁斗ー。どこ行くんや?」
「どこって……教室に戻るだけ。ここにいる意味もないし…野暮な事はしたくないんで」

肩越しに振り返って、口の端を上げる。
暁斗に続こうとした成樹だったが、もちろん女子生徒によって阻まれた。

「今日はクッキーを作ってきました!」

性格上突き放すような事はしない成樹。
今日も表情は非常に困った様子だったが、やはり強硬手段という結果にはならないようだ。
そんな成樹の様子を見て、暁斗は溜め息を一つだけ漏らすと静かに屋上を後にした。










「で、どこが教室なん?」

中庭で静かに睡眠を貪っていた暁斗にかかった声。
激しく聞きなれた声に、彼女の眉間に皺が集まる。
寝転がったまま薄く目を開いた。
成樹が覗き込んでいるために出来た影のお蔭で、ほぼ真上にある太陽も眩しくない。

「何でんなとこに来るんだよ…」

寝起きの暁斗は酷く機嫌が悪い。
しかし、果たしてこの機嫌の悪さは寝起きだからなのか。
答えは彼女の中にしか存在しない。

「何でって……教室戻ったら暁斗おらんから捜したやん」
「今何時?……って…アレから10分くらいじゃん。あの子は?」
「いい加減に面倒になってきたからすぐに逃げてきてん」
「楽しそうに言うなっつーの…おかげでこっちは安眠妨害されんだぞ…。頼むからどうにかしてくれ…」

ウンザリとした様子で語る暁斗に成樹が不思議そうな表情をして見せた。

「あの子…結構暁斗の好みやろ?聖みたいに可愛ええし…暁斗には甘えとるし」
「……………睡眠の方が大事。それに、同性に興味はない」

後半部分は声を潜めて。
暁斗は再び目を閉じてそう答えた。

「何やえらい間が空いとったけど…」
「知らん」
「なぁ…今日はいつもに増して機嫌悪ない?」

成樹が暁斗の頭の方へ座って尋ねた。
目を閉じている彼女の眉がピクリと反応する。

「そう思うなら静かに寝かせてくれ。っつーか寝かせろ」
「…………………」

昨日は殆ど寝てないんだ。
そう答えた暁斗を見下ろし、成樹は沈黙する。
目を閉じていてもあからさまに感じる視線に、彼女は不機嫌を隠そうともせずに彼を睨んだ。

「めちゃくちゃ何か言いたそうな顔だな」

暁斗がそう言うと、成樹の目は嬉しそうに細められる。
どうやら考えていた事がまとまったらしい。
嬉しそうに…と言うよりは、にやり、と形容した方が良かったかもしれないけれど。

「妬いとったん?」
「…………………は?」
「だーかーら。あの子に妬いとったんやろ?」
「誰が?」
「暁斗が」
「誰のために?」
「俺」
「アホらし…」

暁斗はくるっと向きを変えた。
馬鹿の相手をしている暇はない、と言う態度の表れだ。

「照れやんでもええって」
「お気楽だな…お前の頭の中は…」
「暁斗が妬いてくれるなんて思わへんだわぁ。役得役得」
「あのな…?妬くってのは、相手に対して好意があってこそだろ。何でそんなもんを抱いてやらねばならん」

馬鹿か、と吐き捨てるようにそう言って、暁斗はこれ以上話す気はないとばかりに目を閉じる。
そんな彼女の態度を見ていると、自分の勘違いのような気もしてきた。
正直な所、暁斗がヤキモチなど、考えられない。
実にさっぱりとした竹を割ったような性格の彼女は、人の好意を妬みの材料にはしないのだ。

「寝んの?」
「寝る。俺の睡眠時間1時間半だから」
「短っ!!何しとったん?」
「ゲーム。最短記録の更新しようと思ったら、気がついたら4時回ってた」

あぁ、そう言えば暁斗はRPGが好きだった。
そんな事を思い出し、成樹は苦笑いを浮かべる。
格闘系の方が得意な自分とは違い、彼女はそっちの方が上手い。
RPGに上手も下手もあるのかと思う人も居るかもしれないが、意外に上手下手が関係したりするものだ。
特に、暁斗のように最短記録を打ち出そうとすれば。

「ちゃんと寝やなあかんやん。睡眠不足はお肌の大敵やで」
「女みたいな事言うな、気色悪い」
「気色悪…っ」

頭上に石でも落ちてきたみたいに重い空気を背負う成樹。
目を閉じている暁斗は彼の反応に気付かない。
成樹が落ち込んでいる間に、暁斗は小さく寝息を立て始めてしまった。
どうやら、本格的に睡眠の中に足を突っ込んでしまったらしい。

「…ちょっとは脈ありかと思ってたんやけど…先は長いなぁ」

さらりとした銀色の髪を指で梳けば、暁斗の表情が少しだけ緩む。
いつものきりっとした表情はそこにはなく、あるのは柔らかいそれ。
流石に寝顔にまで気合を入れてはいられないようだ。

「…長期戦覚悟で頑張るしかあらへんか」

聞いて欲しい本人には聞こえない言葉。
成樹は苦笑いを浮かべ、少し古くなった校舎を見上げた。

Rewrite 07.10.05