male or female?
「お姉ちゃん、買い物連れてって?」
この一言で、その後の未来が変わろうなど…誰が想像しただろうか。
紅の姿で街中を歩くのは本当に久しぶりの事だった。
普段からメンズ物の服を身につけ、髪もそのようにセットするようにしている。
家くらいは、と言う母親のたっての願いにより、家の中だけは髪のセットは崩すけれど。
買い物に行きたいと言った妹の願いを聞き入れるのに、何も紅に戻る必要はない。
いつも通りにメンズの上下に身を包もうとした彼女を止めたのは、他でもない妹本人だった。
「久しぶりにお姉ちゃんと一緒がいいな…」
駄目?と見上げてくる。
上目遣いになるのは、何も彼女が意図しているわけではない。
女子中学生にしては高い方と言う紅の身長は、まだ小学生の妹よりは頭一つ半分高い。
身長の差から、そうなるのは当然なのだ。
普段からサッカーに明け暮れている自分は、妹と遊んでやる時間がめっきりと減ってしまっていた。
休みの日くらいは、彼女の言うとおりにしてあげたい。
妹の願いと、紅に戻る危険性。
両方を天秤にかけては見たものの、やはり妹の方が大事だった。
とりあえず、念には念を押し、やって来たのは電車で6駅離れた所にあるデパート。
ここまで来ているのだから、さすがに見つからないだろう―――そう安心していた。
「で、何買うの?」
「んー……そろそろ暑くなってきたから夏物の服と…」
「じゃあ、とりあえずそれに行こうか」
そう言って微笑んでやれば「うん!」と嬉しそうな返事が返ってくる。
前方に見えてきた服屋を目にして、聖は嬉しそうに駆けて行った。
その背中を視界に納めたまま、紅もゆっくりと後へ続く。
「いいのありそう?」
「んー…どうだろう。これとか?」
「ああ、いいんじゃない?聖の背丈なら…これも似合うよ。ほら、肌が白いから濃い色がよく映える」
深い緑色を基調としたデザインの良い服を持ち上げ、にこりと笑う。
自分にそれを合わせてくれる姉を前に、彼女は僅かに頬を染めた。
「お姉ちゃん…学校で人気出るの、無理ないよ」
「ん?」
「…何でもない」
あんなにもあっさりと褒め言葉が口に出るのだ。
それに加えてあの爽やかな笑顔を浮かべているのだとすれば…この間のバレンタインの一件も、仕方がないだろう。
同じ家に住んでいて、妹で…そんな自分ですら、格好良いと思ってしまうくらいなのだから。
「あ、あのマネキンの服!お姉ちゃんに似合いそう!」
「私のはいいから。聖の服を探してるんでしょ?早くしないと…他の所を回れないよ?」
「ちぇ。絶対似合うのになぁ」
紅とマネキンの着ている服とを交互に見ていた聖だが、他の店も回りたいのは事実なので仕方なく諦めた。
好みの服を選んで、時間的にも昼時だったから簡単なファーストフードに入る。
私は聖を残して、注文しに行った。
…それがまずかった。
二人分のそれをトレーに乗せて聖の元へと歩く。
彼女の姿を捉えた所で、テーブルのすぐ脇に彼女よりも20は上と思しき男が立っているのが見えた。
不愉快に眉間に皺を寄せ、足を速める。
「ねぇ、お嬢ちゃん一人?」
「違います」
「おっさん。人の妹に声かけんな」
小学生なのだから、いくらなんでもナンパされるなんて事はないだろうと踏んだのが間違いだった。
いっそナンパの方が性質がいいかもしれないと思う。
そんな考えが出たのか、それはそれは不機嫌な声と表情だった。
妹と男の間に身体を割り込ませ、じろりと睨みつける。
普段ならば、これで十分だった。
しかし、男は突然声を掛けられたことに驚くも、相手が女であると知るなり態度を大きくする。
近くにきて気づいた事だが、この男…かなり酒臭い。
「昼間っから酔っ払いかよ。ほんっとに性質が悪い」
「な…!大人に対する口の聞き方を知らんのかね!?」
「不躾な大人に対する礼儀なんざ教えてもらった覚えはないね。あんたは子供に対する口の聞き方を学んできな」
段々と苛立ってきたのか、口調が暁斗の時のものに変化しつつある。
聖でも感じるほどに怒っているのに、酒と言うのはその辺りの感覚を鈍らせる。
冷静すぎる紅の返事に、男は怒りを露にした。
「このくそガキが…!!」
掴みかかろうとした所で、紅は持ち前のスピードを生かしてその腕を逃れる。
FWとしてDFの間をすり抜けることに慣れている紅に、あの程度の腕が逃れられない筈はない。
そして懐に入り込んだ彼女は、すでに握ってあった拳を深々と鳩尾に埋め込んだ。
「人の迷惑を考えないからこうなるんだよ。バーカ」
「ぼ、暴力だ!!」
「正当防衛だ、阿呆」
顔は笑っているが、とても怒っているらしい。
こめかみをピクリと動かしつつ、紅は腹を押さえている男の近くにしゃがみ込んだ。
「今時の女はやられてばっかじゃないわけ。OK?」
「…くそっ!!」
「―――っとぉ」
ブンッと勢いよく腕を振って、男は紅から離れて行った。
そしてその足で店の外へと出て行こうとする。
―――が、ガラス張りのドアの所で突然転んだ。
「おっさん。店への迷惑料、忘れとんちゃうかー?」
独特のイントネーションが聞こえてきた所で、紅は勢いよく振り向いた。
転んだ男のすぐ脇で不良のようにしゃがんでいる、金髪の少年。
嫌と言うほど見覚えのあるシルエットに、彼女は額に手をやる。
「嘘だろ…」
男が投げて寄越した札束を店の店員に渡している彼。
受け取る事を悩んだ店員に、無理やりそれを渡してから、彼は紅たちの元へと歩いてくる。
「…ちょお、時間ええやんな?話あんねんけど」
「奇遇ですねぇ。こちらもですよ」
にっこりと答え、訳がわからないらしい聖を立たせる。
有無を言わさず彼…成樹を人気のないところまで連れて行った。
「暁斗…やんなぁ」
「……そう思う?」
「他人の空似なんちゅー落ちはあらへんやろ?双子説でもない限り。それに…さっきのおっさんへの態度は、暁斗や」
間違いない、と断言する成樹。
ちょっと…いや、かなり怒っていた所為で、口調が悪くなっていた。
それは不良に絡まれた時の暁斗のそれと全く同じもの。
何度か背中を合わせてドンパチやらかした成樹だからこそ、気付いたのだろう。
「いやー…知らんかったわ。暁斗に女装癖があるなんてなぁ」
「…惚けるなよ。気付いてんだろ?」
どこか脱力したようにそう言う紅に、聖が彼女の手を取った。
そして、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ごめんね、お姉ちゃん…」
「何で謝んの?聖が悪いわけじゃないでしょ」
今にも泣き出しそうな妹の様子に、紅は苦笑を微笑みに切り替えた。
確かにこんな所でばれるのは予想外だ。
しかし、原因が先ほどの騒動にあったにせよ、そこに聖は関係ない。
言うならば…自分の運がなかっただけのことだ。
「お姉ちゃん?」
「あぁ、うん。妹。聖って言うんだ」
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる彼女。
成樹は人当たりの良い笑みを浮かべて「よろしゅーな」と笑った。
「あんまり似てへんな」
「聖の顔立ちは母さん似。私は父さん似。ま、どっちかって言えば、って言う程度だけどね」
そこで、漸く話が途切れる。
聖は邪魔しないようにと口を開かないし、紅と成樹は顔を合わさずに沈黙した。
暫し無音の時を過ごし、それから紅が溜め息を吐く。
「…話すよ、全部」
そうして、距離を開けてベンチへと腰を下ろしてから、紅は一言ずつ…やがてスムーズに話を始めた。
「また……無茶苦茶やな…」
苦笑交じりに成樹がそう呟く。
もっと他に言葉があっただろう、と思うけれど、飛び出してきたのはそんなものだ。
ボキャブラリーが乏しいわけちゃうのになぁ、なんて自身に向けて苦笑を浮かべてみる。
「常識的に言えば、無茶だな。でも…好きなんだよ」
何が、とは言わない。
すでに話してしまって踏ん切りがついたのか、紅の表情は晴れやかだ。
「どうするかどうかは、お前次第だよ」
「どうもせーへんよ」
即答してくる成樹。
一旦は間を置くものと判断していた紅は、少しばかり目を見開いた。
「誰かに話して信じてくれる事でもないし。何より、暁斗がおらんようになったら折角の学校が面白なくなるやん」
そんなん、勿体無い。
はっきりとそう言った彼に、先に笑い出したのは紅ではなく聖の方だった。
「お兄ちゃん、考え方がお姉ちゃんと似てるね!」
「聖…。私はこんな楽天家じゃない」
「確かにそうだけど、そうじゃなくて…考え方だよ!」
どこが違うんだと問いたい。
しかし、小学生時の純粋な感じ方と言うのは、中々侮れないものだ。
そうなのかもしれないな、と紅は少しばかり困ったように微笑んだ。
「で、お二人さん。この後どないすんの?」
「あー…買い物、続ける?」
「ううん。もういいや。何枚か買ったし、大丈夫!」
「じゃあ、帰るかな」
そう成樹に答える。
すると、彼はうんうん、と満足げに頷いた。
「積もる話もあることやし、送ったるわ」
「え。いいよ、別に」
「さっきみたいなんに絡まれたら面倒やろ?」
「撃退するし」
「聖ちゃんを庇いながら?」
そう問われれば、すぐには頷けない。
大丈夫だと言うだけの強さはあるつもりだ。
それでも、やはり「だけど…」と言う不安感は拭いきれるものではない。
「お兄ちゃんも一緒?」
「一緒やで。聖ちゃんは嫌か?」
「一緒がいい!!」
わーい、と彼に飛びついていく妹を見て、仕方がないと諦める。
彼女が喜んでいる以上、自分が止める必要はないのだろう。
「じゃあ、お願いします」
「よし。ほな、帰ろかー」
そうして、三人は帰路を歩き出す。
知らないだろうけど、嬉しかったんだよ。
馬鹿にしたり、呆れたり…そう言う反応が当たり前だと思ってた。
だから…嬉しかったんだ。
ありがとう。
今は言えないけど、いつかはこの言葉を送りたい。
Rewrite 07.09.23