夏祭り

祭りで賑わう夜道を並んで歩く者と言うのは、決して少なくはない。
そんな大勢の中でも、彼らはその容姿ゆえに一際目立っていた。

「そんな顔しとったら折角の別嬪が台無しやで?」
「………誰の所為だと思ってる…の」

飄々と言ってのけた成樹に、横を歩く暁斗は不機嫌を露にした声で答えた。
取って付け足したような女言葉は、最近使っていなかったものだから慣れないことこの上ない。
正確に言うと「暁斗」ではなく「紅」としてそこに居た彼女は、はぁ、と短く溜め息を吐き出した。



部活の後、暁斗は成樹に勝負を挑まれ、いつものようにそれを受けた。
結果―――彼女の負け。
「あれは何や!?」なんて、馬鹿みたいな行動に乗せられてしまったのがその原因だ。
流石の暁斗も、吊られてしまった事に悔しそうに頭を掻いていた。
そして、今回の勝者である成樹が望んだ事。
それが、彼女が紅に戻っている理由であった。

「何で紅に戻んなきゃいけないわけ?」
「文句言うてもしゃーないやろ。暁斗が負けたんやから」
「わかってるけど…動きにくいっつーの…」
「言葉遣いも直しや」

紅はいつものようなTシャツにジーンズではなく、淡色の橙色の浴衣。
銀髪の上に茶色のウィッグをつけ、それをアップに結い上げて後ろで綺麗に纏めてある。
浴衣を着ると言っても、化粧などは面倒だと言って一切していない。
にも拘らず、周りのどんなに綺麗に化粧を施している女性よりも人目を引いた。
顔のつくりだけでこれだけ人目を集める事のできる彼女に、成樹は周囲の女性に向けてやや同情めいた思いを抱く。

「あー…こんな所を学校の奴らに見られたらどうすんのよ…」
「大丈夫やて」
「シゲ…?」

紅は彼の事を「シゲ」とは呼ばない。
他の人間と同じ呼び方をするのは癪だから、その理由は、以前彼女の口から明かされている。
つまり、先ほどの声は彼女が発した物では無いと言うことだ。
尤も、彼女の声とは似ても似つかない男性の物だったのだけれど。
不貞腐れながら歩く紅を宥めつつ、こちらもまた参道を歩く成樹。
そんな二人は、かけられた声により面白いくらいにピタリと動きを止める事となった。

「「………………」」
「やっぱりシゲか…お前も祭りに来てたんだな」

先に振り向いたのは、呼ばれた成樹の方。
別にこの場合はどちらから振り向いても結果にあまり大差はない。
確認めいた声ではあったが、顔が見えたところで漸く後姿が成樹に結びついた。
この大勢の中で知人を見つけたからだろうか。
それとも、見つけたのが成樹だったからだろうか。
どちらかは分からないけれど、呼んだ人物―――水野は、少しばかり足を動かして二人の方へと歩み寄ってきた。

「あー…まぁな。タツボンは祭り嫌いや言うてなかったか?」
「…親戚に無理やり連れて来られたんだ」

やや不快そうにそう言うところを見ると、彼自身は祭りが好きなわけではないようだ。
祭りが好きではない、と言うよりは、人ごみを好んでいないと言った方が正しいかもしれない。
紅は成樹が水野と話している間に、その場を離れようとした。
しかし、明らかに二人で居る所を目撃されながら気づかれる事なく逃走を完了させる事など、もちろん不可能だ。

「で、そっちの人は?」
「…………ハジメマシテ」

内心冷や汗ものだ。
これなら化粧でも何でもして少しくらい印象を変えておけばよかったと、少しばかり後悔する。
と言っても、紅の時と暁斗の時とではその身に纏う印象がガラリと変わっているのだが…本人は気付いていない。

「紅っちゅーんやで。別嬪やろ?」
「別嬪…まぁ、確かに綺麗だけど。…彼女は、お前の…?」
「決まってるやん。無関係の女子と来るほど暇ちゃうでー」

あえて直接的な言葉を使わない辺り、まだまだ中学生と言ったところか。
サラッと答える成樹に対し、見る見るうちに赤くなってしまう水野。
理由も原因も分かっているが、ここで見て見ぬ振りをするのは得策ではないだろう。

「…あ、えっと…大丈夫…ですか?」
「気にせんでええで。照れとるだけやさかい。タツボンはまだまだ青いわぁ」
「シゲ!!!誰が照れてるんだっ!!!」

真っ赤な顔で言っても説得力に欠けるセリフである。
いつの間に、や、桜上水の子か、など、聞きたい事は山ほどある。
けれど、そのどれも今の状況で口に出すにはあまり向かない物のように思えた。
水野にしては、中々の気遣いだったと言えるだろう。

ふと、何気なく向けた視界に映りこんだ一行を見て、紅は口元を引きつらせた。
女の子のような少年を先頭に歩く5人程のメンバー、と言えば分かるだろうか。

「――――…げ…」

思わず紅が言ってしまったのも無理はない。
彼らの活動域からは離れているから、まず会う事はないだろうと高を括っていたのだが…どうやら甘かったらしい。
そんな事を考えている間にも彼らとの距離はどんどん詰まるし、成樹にいたっては水野をからかう事に夢中だ。
クイ、とTシャツの裾を引き、彼の視線が紅を振り向いた所で、向こうから歩いてくるメンバーの先頭の彼がこちらに気付く。

「…桜上水の水野?」
「そっちは椎名か…」

先ほどからかわれていたのと同じ人物とは思えないような早い対応だ。
いつもの紅ならばそんな事を考えたのだろうが、生憎今の彼女にその余裕はない。

「(何でこういう時に素通りしてくれないかなぁ…)」

そんな事を思いつつ、じりじりと後ろへと下がる。
水野は気付かなくても無理はない。
彼はあまり女性に対する耐性がないから、成樹にいいように翻弄されてしまうからだ。
しかし、翼は違う。
彼は良くも悪くも勘が良すぎていた。

「暁斗は?」
「暁斗は用事でおらんわ」
「ふーん…で、こっちは?」

成樹の答えに生返事を返すと、翼は紅の方を向いた。
射抜くような視線が疑惑の眼差しを含んでいる事に気付かずにはいられない。
やや成樹の後ろに隠れつつ、彼女は暁斗の時とはまた違う、女性らしい笑顔を浮かべた。

「…初めまして、紅です」

にっこりと笑顔つきで自己紹介をする紅。
こうなれば隠すしかないと言う結論に達した彼女は、さっさと解放されることだけを願った。

「紅、ね。…ねぇ、俺と回らない?」
「………は?」
「聞こえなかったの?俺と一緒に夜店を回らないかって聞いたんだけど」
「いや、何で…」
「気に入ったから」
「断る。っていうか、嫌」

愛くるしい笑顔を浮かべて言った翼に、紅は間髪いれずに拒否の言葉を返した。
その返答は予想の範囲だったのか、彼は大して表情を変えずに続けた。

「何で?」
「理由ないし、成……彼と来てるし」

紅はぐいっと成樹の腕を引いた。
別に付き合っているわけではないのだから凄く不本意だ。
しかし、背に腹はかえられない。
彼氏と来ているのならば、断る理由には十分の筈。
そうして成樹を引き寄せてから、見えないところでその腕を軽く抓る。
何とかしろ、と言う思いを込めて。

「(しゃーないなぁ…)」

成樹はやれやれ、といった風に髪を掻き揚げる。
それから、腕に絡まりついていた紅の手を取ってわざと人ごみの方へと駆け出した。

「悪いけど、姫さんに持っていかれると困るねん」

そんな言葉を残して、彼らは人の波に飛び込む。
後ろにひらりと手を振って、成樹は完全に人ごみに紛れた。

「…水野、あいつと紅の関係は?」
「…彼女、だそうだ」
「ふぅん…彼女…ね。随分暁斗によく似ていたけど、あいつって兄弟居たっけ?」
「さぁな。妹が居るって話は聞いたことがあるが…」

残った者のこんな会話は、成樹と紅の耳には届かない。










「お前の所為だ」
「悪かったって」

紅の機嫌の悪さは最高潮まで来ていた。
祭り会場から少し離れた、小高い丘の公園。
ここまで浴衣という走るのに最悪の服装で走らされたのだから無理はない。

「…全く…こんな事なら賭けなんかするんじゃなかった…」
「こんな日もあってええんちゃう?」
「………………仕方ない。今日だけ付き合ってやる」
「おおきに」

その時…夜空に光の花が咲いた。

Rewrite 07.09.03