First contact
「なぁ、自分サッカー上手いん?」
屋上でサボっていた暁斗にその人物がかけた初めの言葉。
特にすることもなく…ただこんな天気のいい日に教室に閉じ込められるのが嫌で。
気分の赴くままにコンクリートの上に横たえていた身体を上半身だけ起こす。
「…お前、誰?」
金髪にピアス。
見るからに不良と言った様子の彼は不思議な笑みを浮かべて暁斗の顔を覗き込んだ。
この頃の暁斗は、髪もまだ黒く、ピアスのような校則違反だってしていない。
ただたまにサボることはあったけど割合と真面目な方だった。
警戒しているというよりは寝ていたところを邪魔されて機嫌が悪いという様子の暁斗。
恐らく彼も気付いているだろうけれど、あえてそこには触れずに笑った。
「自分、俺のこと知らんの?」
「生憎他人のことは覚えないタチなんで」
暁斗は視線を交えることなくそう答える。
見ず知らずの相手に建前を使う必要性を感じなかった。
おまけに、彼は自分の心地よい睡眠を邪魔してくれた奴だ。
敵、と言うほどではないけれど、どちらかと言えばそちらよりに分類されてしまっている。
「雪耶暁斗やろ?」
「…なんで俺のこと知ってんの?」
「風の噂で聞いたんよ。サッカー上手い“雪耶暁斗”ゆう奴がおるって」
自分の名前にさほどこだわりがあるわけではない。
けれど、向こうは知っているのにこっちは知らないと言うのは、あまり気分の良い物ではなかった。
「お前、誰」
「あぁ、まだ名乗っとらんだな。成樹や、佐藤成樹。コレでも結構有名やと思ってたんやけどなぁ」
「…佐藤ね。残念ながら初耳だ。で、佐藤。俺に何の用?」
「シゲでええで」
「何の用だ?」
にっこりと笑って呼び方を修正する成樹を無視し、暁斗の方も完璧に作った笑顔でもう一度問う。
これ以上無駄な時間を過ごさせるなら―――そんな声が聞こえたような気がした。
成樹はニッと口角を持ち上げ、彼女に向けて言う。
「勝負しようや」
「…サッカーで?」
「せや」
「嫌。俺に何のメリットがあるんだよ」
彼の用件がつまらないものだと判断した暁斗は、再びコンクリートの上に身を投げ出した。
まだ春を抜けきらない気温は寝るのに最適だ。
虫の声が少し煩い事を除けば満点に近いな…などと思いながら目を閉じる。
しかし、そんな彼女を邪魔するかのように、彼は十分に聞こえる音量で声を発した。
「勝負ゆうからには、もちろん何か賭けるねんで?」
「…別に勝っても嬉しくねぇし」
「負けるんが恐いんか?」
「勝手に言ってろ」
話は終わりだと言わんばかりに身体を反対に向けて転がす。
そんな彼女を見て、成樹は頬を掻いた。
何と言うか…予想以上に、手ごわい敵だ。
「負けた方が勝った方の言うことを何でも一つ聞く。これであかんか?」
「…佐藤は何で勝負したいんだ?水野に頼めばいいだろ?」
背中を向けたままの状態で、暁斗はそう尋ねる。
いつまでもここに居られたら邪魔以外の何者でもないので、どうにか納得させてここから退散させようと言う腹だ。
暁斗の心中を知ってか知らずか、成樹はにっこりと笑って答える。
「シゲって呼んだら答えるで」
「じゃあ、いい。答えるな」
「つれへんなぁ。サボり同士仲ようしようや」
「気色が悪い言い方すんな佐藤成樹」
「別にフルネームで呼ばんでも…」
ポンポンと返って来る言葉に、成樹は何かを感じ取っていた。
―――気が合う。
この会話のどこからそう判断するのだと、普通の人ならばそう思うかもしれない。
けれど、成樹は確かな手ごたえを感じていた。
「で、理由は?」
「ただ単に…もう一回お前のサッカーを見たいからや」
もう一回、と言う部分にピクリと反応する。
それから、暁斗は諦めたように身体を起こした。
胡坐を掻いた状態で成樹を見ながら、質問を口に出す。
「………どこで見た?」
「放課後、部活がない時にボール蹴っとったやろ?」
めっちゃ綺麗やったわー、などと楽しげに笑う彼に、暁斗は沈黙する。
嬉々としてその時のことを語っていた成樹が彼女の様子に気付いたのは数秒後。
不思議そうに首を傾げた所で、悩むように顎に手をやっていた暁斗の視線がこちらを向いた。
「…いいぜ、してやっても」
「!!ほんまか!?後でなかったことに、は受付へんからな!?」
「ああ。場所と日時は佐藤が決めろよ」
「シゲでええっちゅーに」
「…お前が勝ったら呼んでやるよ」
ただの気まぐれだった。
“綺麗だった”と言った彼の顔が、逆に綺麗に見えて。
あぁ、自分も誰かのプレーにこんな風に顔を輝かせてるんだろうな。
そう思うと、彼の気持ちを邪険にする必要はないかもしれないと思ったのだ。
「じゃあな」
これ以上寝るのは無理。
そう判断した暁斗は、素っ気なく屋上を後にする。
背中に「またな!」と言う成樹の声を聞きながら、階段をおり始めた。
勝負することをどこかで楽しみにしている自分に気づかない振りをして。
勝負を始めてわかったこと――それは奴がかなりの実力を持っているということだった。
もちろん、自分の力にも自信があったし、負ける気はしなかった。
ボールを支配していたのは明らかに暁斗の方だった。
予定外だったのは思ったよりスパイクが傷んでいたことだろう。
それは、勝負の最中に見事に切れた。
その一瞬の隙に、成樹が暁斗のボールを奪ってゴールにシュートを打ち込む。
「傷んでたのは知ってたけど…まさか今切れるとはなぁ…」
切れたスパイクの紐をプラプラと片手に揺らしながら苦笑を漏らした。
そんな暁斗の元へと近づいてきた彼は、どこか拗ねたような表情だ。
「…勝負しなおしや」
「何で?お前の勝ちじゃん」
「こんな勝ち方しても嬉しゅうないわ」
なるほど。
飄々としているように見えて…いや、実際にそう見せているのに、内側は中々熱いものを持っているらしい。
また一つ、彼の新たな一面を見た気がした。
「…負けは負け。俺に何して欲しいんだ?勝負はし直してもいいけど、今日は無理だから。今回は負けでいい」
「何で今日は無理なんや?まだ時間はあるで?」
「妹に早く帰れってせがまれたんだよ。だから、今日は無理」
まさか、そんな理由で勝負を断るような奴だとは思わなかった。
学校で見る暁斗と言えば、クールと言うのが評判。
そこがいいのだと、女子の間では専らの噂だ。
「…妹おったんか」
「うん。小さくて可愛いのが一人。じゃあな!ちゃんと考えとけよ!」
「あ…おい、まだ話終わってないっちゅーねん。それに――――――――」
成樹の言葉を最後まで聞かず、暁斗は荷物を肩から提げてさっさと帰路へとついてしまった。
取り残された彼が何を言っていたのかを知る術はない。
翌日。
二人は示し合わせたわけでもなく、屋上にて一日ぶりの再会を果たした。
「はよ」
「暁斗、おはようさん」
「昨日は悪かったな」
「付きおうてもろたんはこっちやさかい、かまへんで」
「そか………お前ってさー……」
「何や?」
「太陽みたいだな」
正直な気持ちだった。
キラキラと光る金髪だけではなく、その性格も、それを手伝っていると思う。
サッカーをしているときの彼は、特にそれに近かった。
「……太陽なぁ…。そんなこと言われたん、初めてやで」
「そか?」
「俺が太陽なら、自分は月みたいやな」
「…月…?」
「自分の性格とか…外見もそうやけど。何かそう思うわ」
彼の言葉にふぅん、と興味なさげに答える。
しかし、心中では自分と月とを結び合わせてみようと一生懸命だった。
「ところでさ、考えた?」
「…まだ決まっとらんねん」
「意外と優柔不断?」
「そないなことないで?」
ふわりと笑う顔はやっぱり太陽を連想させて――。
ふいに目線を逸らすと、自分のものではない手が髪に触れた。
何、と問う暁斗に、成樹は目を輝かせて「思いついたで!」と声を上げる。
「髪や!!」
「はげてるとでも言いたいのか」
「ちゃうわ!!折角やから、髪でも染めてもらおう思ってな!不良っちゅーたら、そこから始めやんと!」
「…不良になった覚えはない」
「今現在授業サボって屋上で寝とる奴が言うても説得力あらへんわ」
どんな色が似合うかなー、なんて、子供のように楽しげに笑う彼。
別に黒だとか地毛だとかにこだわりはない。
本当ならば髪質に影響するので、あまり染めたくはなかったのだが―――何が何でも嫌と言うわけでもない。
あれか、いやこれか。
次々と色を口に出しては、あれも違うこれも違うと除外していく。
そんな成樹を眺めていた暁斗は、やがて飽きたように溜め息を吐いた。
「俺は教室に戻る」
「えー?折角や、一緒にサボって友情でも深めやん?」
「次は担任の授業なんだよ。あんまサボると馬鹿になるぜ、成樹」
「へーへー。…………………暁斗、今…!!」
成樹が気づいた頃には、暁斗はすでに階段を降り始めていた。
初めは変な奴と思ったけど、話してるとそうでもないのかもしれない、と思い始めていた。
本能的に感じていた――彼とは気が合いそうだ、と。
「次の日に成樹の前に行った時には面白かったよな」
「ああ、あん時はかなりびびったで。まさかほんまに染めてくるとは思わんかったし。しかも銀色やし」
「約束を違えるほど落ちぶれてねぇもん。それに、茶色なんて一般的な色で俺が満足するわけねぇだろ」
「せやな。でも、俺のゆうた通り、よう似合うとるやん?」
「まぁな。嫌いではない」
「月みたいやし?俺の髪と対になって丁度ええし?」
「そうだな。あの時はこんなに馬が合うとは思ってなかったけど」
「何やわからんけどな」
Rewrite 07.08.29