White Christmas Soccer Life
ふわり、と窓の外に白い物を見た。
視界の端で確かに動いたそれに気づき、紅は顔を上げる。
しっかりと身体を休めるようにと監督から言われ、解散した昨日。
偶然の休みは、世の中のクリスマスと重なっていた。
「成樹」
窓辺に近付いた紅に呼ばれ、成樹が顔を上げる。
手招きされ、読んでいた雑誌を置いて彼女の元へと歩いた。
「おー。ホワイトクリスマスやなぁ」
「今年の冬は寒いって言ってたからね。ねぇ、ホワイトクリスマスって、雪が積もったら?それとも降ったら?」
「んー…降ったら、でええんちゃう?たぶん、積もらんし」
今日は随分冷えるなぁと思っていたら、雪が降るような気温だったらしい。
天気予報を見ていなかったから知らなかった。
しんしんと降る雪を窓ガラス越しに見つめ、そっとガラスに触れる。
温度差により結露していたガラスに、細い手の跡が残った。
「積もらんけど、車の運転には邪魔そうやな」
「あー、確かに。私が運転しようか?」
「ここで頼んだら男が廃ると思うんは俺だけか?」
そんな事、言うつもりもないのに、彼はそう問いかけ、笑う。
さぁ、どうだろう。
誤魔化すように笑みを返して、窓から離れた。
「ここから店までどれくらいだっけ?」
「車で40分や。渋滞に巻き込まれてもあかんし、早めに出よか」
「OK。じゃあ着替えてくるー」
「そのままでええんちゃうの?」
そう言って自室に向かおうとする紅を呼びとめる。
ジャージの成樹とは違い、外を出歩けないような格好ではない。
紅は彼の疑問に対し、首だけを振り向かせて答えた。
「クリスマスディナーだし、ある程度の格好は要るでしょ」
「…えー、面倒やん。ジーンズで行くつもりやったんやけど」
「そうだろうと思ったから、クローゼットの前にかけてあるのを着ていいよ」
見立てておいた、と告げる彼女。
普段自分と同じように行動しているはずの彼女のどこに、そんな余分な時間があったのか。
疑問を抱きつつも、素直に礼を述べる。
「ちなみに、それがクリスマスプレゼントだから」
「内緒で用意して当日に着せるなんて…粋なことするなぁ、自分」
そんな事ないと思うけど。
照れたようにはにかんだ彼女は、止めていた足を動かして廊下へと消えた。
それを見送り、テーブルの上に残された空のマグカップを二つ、キッチンへと運ぶ。
手早く洗って籠に伏せ、自室へと急いだ。
彼女がプレゼントとして用意してくれたのは、スーツほどかっちりはしていないけれど、ある程度畏まった装いだった。
どんな店でも門前払いと言う事はないだろう。
色も形も素材も、一目見ただけで上等な品だとわかる。
「流石。ええセンスやなぁ」
感心しつつ、ジャージのポケットに手を伸ばす。
そこから取り出した小さな箱。
蓋を開けることなく指先でそれを遊ばせた成樹は、肩を竦めて溜め息を吐いた。
タイミングが掴めなくて、とりあえず持ち歩いているそれ。
流石にジャージはないだろうと、先ほどまでののんびりとした時間の中でも渡せなかった。
こんな自分を、中学の頃の仲間が見たら、何と言うだろうか。
「ええ店やし…あとは雰囲気で、やな」
こんな風に畏まるなんて、今更だ。
けれど、やはり形としてそれが必要な場合もある。
「成樹ー。準備できた?」
「あ、まだや」
「…何やってたわけ?」
開いたままだったドアの所から顔をのぞかせた紅は、未だジャージのままの成樹の姿に怪訝な表情を見せる。
結構時間が経ってるんだけどと言った彼女に釣られて時計を見れば、リビングを出てから20分経っていた。
いつの間に!?流石の成樹も驚く。
「すまん!!すぐに用意するわ!」
「あー急がなくていいよ。まだ時間はあるし…ボタンのかけ違いとか、格好悪いしね」
そう言うと、紅はひらりと手を振ってリビングへと向かった。
いつもはすっきりと纏められている髪は、今日は肩におろされていた。
それだけでも随分と印象は変わるものだが、青みがかった黒のワンピースにベージュのカーディガンを重ねた彼女の装い。
いつもとは違う雰囲気の彼女を思い出し、成樹は深々と息を吐く。
そして、金色の前髪を掻き揚げ、よし、と意気込んだ。
何だか、変に緊張している自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
こんなの、自分らしくない。
鏡の中の自分に向かって不敵に口角を持ち上げてみて、漸く自分らしさが返ってきた気がした。
「とりあえず…着替えやな」
渡せようが渡せまいが、どちらでもいい。
今日と言う日を楽しもうと、考え方を改めた。
大切なのは形式ではなく、受け取ってほしいと思った心だ。
その翌日。
紅は鏡の前でピアスを付ける。
小さなピアスは、昨日、成樹に貰ったものだ。
「ここは指輪にするべきなんやろうけど…このピアスに一目惚れして、指輪が選べんかった」
昨日の彼の言葉を思い出す。
確かに、自分も一目見て気に入ってしまったピアス。
指輪は邪魔になるから外すだろうけれど、ピアスなら話は別だ。
つくづく普通じゃない自分たちだが、そんな関係が心地よいと思う。
「さて、と。寝坊助を起こしに行こうかな」
朝日差し込むカーテンを開き、今日と言う日に挨拶をした。
10.12.25