ひとり、ふたり Soccer Life
互いのマンションを往復するようになっていて、片方は空で片方は一杯という状況が続いていて。
共に過ごす夜は、恋人らしいことなど何もなかったけれど、それがとても自然でもあった。
マンションを変えて一緒に住むようになったのは、20代半ばの頃だったように思う。
紅と成樹は、3LDKのマンションをルームシェアという形で生活していた。
駅からもそう遠くはなく、変なマスコミのことも考え、セキュリティにちょっとした金をかけているマンション。
月々の家賃は安くはなかったけれど、紅も成樹も期待の選手で、収入は少なくはない。
1部屋ずつ自室を持ち、残りの一部屋は物置として使っている。
「成樹ー。ちょっと意見ほしい」
冷蔵庫を開いて中身を確認していた紅がそう声をあげた。
自室に居た成樹に届くようにと声を上げたために、数秒後にドアが開く音がする。
「何や?」
「明日からの遠征に備えて食材を片付けようと思ったんだけどさ」
そう言って、紅はシンクの隣の調理台の上に遠征中に賞味期限が切れる品を並べていく。
合計5種類ほどのそれが並び、成樹は目を点にした。
「…これは…ちょーっと食い合わせが悪いんちゃう?」
「…どうしようかな…」
パスタの材料が完璧に揃っていると言うのに、そこに不似合いな納豆と豆腐。
以前朝食用にと買ってきたものを、そのまま使う暇なく過ごしてしまった結果だ。
「…仕方ない…明日の朝に回すか…」
「ん?でも、明日は朝が早いっちゅーてパンを買わへんだ?」
「あー…買った。パンと味噌汁と納豆は…」
「………相性最悪やな」
想像してしまったのだろう。
軽く口元を引きつらせ、成樹が溜め息混じりにそう呟いた。
確かに、消費しなければならないからといってその組み合わせは嫌だ。
「…よし。それなら、最終手段だ」
最後の最後まで邪魔をしてくれる元大豆達を見下ろし、紅はそう言った。
そして、それらを冷蔵庫に戻す。
「どないすんの?」
「明日の朝は和食。軽く食べて、パンは移動中の消化ってことで」
「…ま、それが一番妥当やな。何やったらいつも腹減らしとる奴にやってもええし」
「そー言うこと。捨てるよりはマシ」
よし、とどこかすっきりした表情を浮かべながら、予定通りパスタの材料を並べていく。
それを見ていた成樹は、思い出したようにカレンダーを見た。
壁にかかっているそれの日付を追い、今日の曜日を思い出す。
「今日は俺が作る日やん」
「ん?そうだっけ」
彼にそういわれ、釣られるようにカレンダーを見た紅。
あぁ、ホントだ。
そう呟くと、彼女は素直に場所を譲った。
「久しぶりの休みで曜日感覚が狂ってる。土曜だと思ってた」
隣で料理の為に手を洗っている成樹を見ながらそう言う。
同意の声が返ってきて、お互い様だな、と笑った。
「しかし…成樹は相変わらず器用だね」
丸まるのイカを処理する手際のよさに、感心したようにそう呟いた。
そんな彼女に、彼は首だけをそちらに向ける。
「ええ男は料理の一つも出来んとな」
「料理だけじゃなくて裁縫も洗濯も何でも出来るじゃん」
便利だよなー、とまるで他人事のように話す。
実際にお世話になっていることは、彼女もよく理解している。
ルームシェアと言っても全てを分担して行うのは不可能だと思っていた。
生活力があることはわかっていたけれど、他の人が居るとその力が曖昧になってしまう人も少なくはない。
シェアを決めた時点で、家事は分担、と言う約束だった。
恐らくは初めの一ヶ月程度だろうと思っていたのだが…1年を過ぎようとする今でも、彼はキッチンに立ってくれる。
夕食の分担は曜日で、朝食・昼食は紅が用意する代わりに、洗濯は彼。
もちろん、互いに全てを任せきりと言うわけではなく、並んで作業することもしばしば。
「…まぁ、器用貧乏って言葉もあるけどね」
「紅ちゃーん。素直に褒めてくれてもええと思うんやけど?」
順調に作業を進める彼は、悲しんでいる様子もなくそう答える。
確かに、彼にその言葉は当てはまらないだろう。
現に彼は自分と同じく、安定した収入を得ている。
そんなことを考えている間に、どこをどう進んだのか、紅の思考は明日の遠征へと変わっていた。
「遠征先の北海道ってさ、まだ寒いのかな?」
「ま、こっちほど暖かくはないやろなぁ」
「上着…どうするかな…」
突然の質問に対しても、疑問を抱くこともなく答える成樹。
割と、こんな風に唐突に話題を変えられることも少なくはない。
いつでも人に合わせられる思慮深さを持っている彼女だが、最近になって、こう言う突然が偶にある。
一緒に生活するようになり、新しく見えてきた一面だった。
今までは、一番近いといってもやはり一線を画した部分があったのだろう。
その発見に気付いた時には、素直に嬉しかったものだ。
さっきまで自分の作業を見ていた彼女は、リビングの方に戻って遠征の用意を覗き込んでいる。
こちらとの気候の違いに、服装を悩んでいるようだ。
何でもそつなくこなせてしまう印象の彼女は、実は、家で悩み考えてきた結果なのだ。
自分が納得できるまで考え込む癖があるらしく、その間は他のことが捨て置かれることも少なくない。
「おーい、出来たで。皿出してくれへん?」
「んー。ありがと」
手に持っていた長袖のシャツをバッグの上に置き、キッチンへと戻ってくる彼女。
食器棚からパスタを乗せるのに丁度いいであろう皿を取り出し、調理台に並べた。
それから、濡らした台拭きを片手にダイニングに戻っていく。
カウンター越しに見えた彼女がテーブルの準備を終えたのを見て、盛り付けたそれらをカウンターに置いた。
そうしておけば、自分がフォークなどを用意している間に彼女が運んでくれる。
二人で用意を進めれば、ものの3分で食事の準備が整った。
遠征に向けて冷蔵庫の掃除をしてきていたので、そんなに豪勢な食事ではない。
それでも、見栄えよく盛られた魚介類のパスタとサラダが食卓に並ぶ。
それぞれの定位置となっている椅子に座れば、自然と向き合う形の配置になった。
「いただきます」
「よろしゅうおあがりー」
殆ど同時にフォークを手に取り、本日の夕食に手をつける。
「明日は5時起きだから」
「あー…早いわぁ。愛情こめて起こして?」
「やだよ。お前の部屋、ベッドまでに障害が多すぎ」
「男の部屋なんてそんなもんやって」
「…竜也の部屋はシンプルで綺麗だったけど?」
「それは、たつぼんが特別―――って、いつの間に部屋に?」
「先週末。ショップで出会って、そこからお邪魔しました」
「男の部屋にひょいひょい行ったらあかん!男は皆狼なんやで!」
「あーはいはい。そうですね。誰かさんよりはずっと紳士な狼さんだけど」
08.05.05