Telephone  Soccer Life

ふとした時に。
前触れもなく聞きたくなるのは、あなたの優しい声だったりするのです。







数回のコール音が鞄の中から控えめに主人を呼ぶ。
丁度、部屋で暁斗に借りた漫画を読んでいた成樹は顔を上げた。

「メール…ちゃうな。着信か」

そう呟き、成樹は自身の動きに少しばかり早さをつける。
鳴り響く曲は、他でもない彼女専用の着信音だった。

『成樹?』
「はいはい。シゲちゃんやで。俺以外希望なら他所に掛けやなあかんで?」
『はは…だよな』

悪い、と電話口の向こうの彼女はそう声を発した。
僅か数秒で、彼は暁斗の様子がおかしいことに気づく。
いや、暁斗と言うよりは…。

「………紅。…久しぶりやなぁ」
『?』
「いつもは掛けてくるの暁斗やん。紅と話すんは久々やろ?」

まるで目の前に相手が居るかのように、成樹は穏やかな表情を浮かべてそう言った。
彼の言葉にその意図を察した紅は向こうでクスクスと笑う。

『んじゃ、久しぶりって事で』
「それはそうと…この漫画あるやん?」
『…どれだっけ?』
「ほら、あれや。今日借りたばっかりの」

こちら側でその漫画を持ち上げるが、相手にそれが見えるはずもない。
紅は自身の記憶を掘り起こしている様子で暫し沈黙を保つ。
昨日今日の事をすぐに忘れるような彼女ではないが、よほど必要ない記憶と判断されたらしい。
10秒と少し、そんな時間が経過してから、彼女は漸く声を発した。

「あぁ、思い出した」
『遅すぎやで、自分。まぁ、思い出してくれたさかいええけど…』
「思い出したって言うよりは本棚の不自然な空間で気づかされた?」
『………消去すんの早すぎや』

呆れたような成樹の声色を察したのか、紅は向こうでごめんごめんと笑う。
声と言葉からわかるが、本気で謝っているとは到底思えない謝罪。
尤も、成樹自身も謝って欲しいわけではないのだから何の問題もない。

『面白いっしょ?』
「主人公は設定が不合格やな」
『そ?私的には及第だと思うけどなぁ。一途な奴ってカッコいいじゃん』
「俺も一途になったら惚れる?」
『あー、惚れる惚れる』
「随分気のない返事やなぁ」
『一途な所を見せてから言え』
「こう見えても紅に対しては結構一途やと思うで?主人公とええ勝負や」
『自分で言ってりゃ世話ないよ』

そんな風に雑談を交わして、お互いに笑いを交換して。
長針が数字を二つほど過ぎた頃。

『成樹ー』
「何や?」
『負けたんだ、今日』

何が、や何に、などという言葉はない。
彼女が負けると言うのも、こうして声のトーンを落とすほどに落ち込むのも、一つしかないのだから。

『勝てない試合じゃなかったんだけどなぁ…』
「スタメン?」
『いや、後半から。相手は全員年上のチームだったんだけどさ…』

それを理由にするの、嫌だから。
そう言った彼女は携帯の向こうで苦笑を浮かべているのだろう。
その姿を容易に想像できた成樹は、寺の薄い壁に凭れて天井から下がる室内灯に視線を持ち上げる。

「…お疲れさん」
『…………………』
「泣き場所提供人、出張したろか?」

少しばかり茶化すようにそう言えば、電話口の向こうから小さく噴出すような声。

『何それ』
「いやぁ。シゲちゃんの出番かと思てな」
『………今回は遠慮しとくよ』
「そうなん?」
『声、聞いたら落ち着いたから』
「俺の声はトランキライザーかいな」
『似たようなもん』
「さよか。なぁ、紅。…楽しかったか?」
『………ん』
「ほな、今回の収穫は紅の楽しさやな。次は勝ち、取りにいくんやろ?」
『………当然っしょ?こんな悔しい想い、これ以上ごめんだね』
「よっしゃ!それでこそ俺の親友や!」

成樹は見えていないにも拘らず、己の腕をぐっと前に差し出す。
いつもやっている、二人が拳を当てるように。

『当然だろ』

調子を取り戻した紅の声。
向こうでも彼女が拳を突き出しているのだろうと、成樹の中に浮かぶのは確信。

「二人して拳突き出して…傍から見れば変な光景この上ないなぁ」
『全くだね。…やっぱ、成樹もやってたんだ?』
「自分もみたいやな」
『んー…何か、これやんないと落ち着かなくってさ』

楽しげな紅の声に成樹は同意の声を発する。
電話口を通して伝わった声に、彼女が笑うのがその雰囲気で伝わってきた。
その声は機械を通して尚澄んでいて、あまりにも素直に耳に届く。

「明日の放課後は試合やてわかっとるよな」
『ん。わかってるよ。練習試合って言っても負けらんねぇよな』
「当然や。しっかり休みや。遅刻は許さんで?」
『サボり魔のお前に言われたくねぇよなぁ』

いつの間にか調子を暁斗へと変え、紅はクスリと笑った。

『んじゃ、今日は大人しく寝るとします』
「それが一番や。ほな、お休み」
『おやすみ』

そうして、彼女は小さく紡ぐ。

『…ありがとな』

通話が切れ、画面には27分34秒と言う通話時間が表示される。
それを見つめ、成樹はクッと口角を持ち上げた。

「こっちこそ…一番に頼ってくれておおきに」

彼女の小さな声は、それでも届くべき人には届いていた。




現金だと言われようとも、やっぱりあなたの声が好きなのです。
その一言で幸せになれる。
それが、ただ嬉しいから。

06.02.21