Good morning  Soccer Life

鳥のさえずりが耳に届く。
優しい日差しに包まれて、その意識は覚醒していった。







ほんの少しだけ開いていたカーテンの隙間から日差しが差し込む。
眩しいと思いながら、紅はゆっくりとその目を開いた。
いつもと何ら変わらない自室の風景と、そしてあるべきではない人の姿。
それに少しだけ眉を寄せ、身体を伸ばそうと力を篭める。

……体中が痛い。

「…あぁ、また床で寝ちゃったのか…」

数メートル先にある、もぬけの殻のベッド。
その役目を放棄しているそれを視界に納めながら、紅は少しずつ身体を動かす。
やたらと体中が軋む。
ただでさえ床で寝たと言う事で痛むのに、寝違いもしているようだ。
踏んだり蹴ったりだな、と思いながら彼女は漸く身体を起こす。

「ってか、数メートルくらい移動しろよなぁ…」

足元に転がっているゲーム機が、昨日…否、今日の夜更かしを物語っていた。
とりあえず、テレビの電源と電気は切ってあったのだからよしとしておこう。

「11時か…」

ゲームのコントローラーの隣に転がっていた携帯を取り上げ、その時刻に思わず眉を寄せる。
すでに午前中の殆どを寝倒してしまったようだ。
そこまでして、紅は漸く少し先で寝転がっている人物の方を向いた。
彼の傍まで膝で歩いていき、その顔を覗き込む。
気持ち良さそうな寝息を立てている姿を見ていると、思わず鼻を摘んでやりたい心境に駆られた。
さすがにそれを実行するのは酷いだろうと、自制するように首を振る。
そして、紅は立ち上がった。

「朝飯……じゃなくて昼飯の準備してくるか」

乱れた髪に手櫛を通し、欠伸をしながら紅は部屋を出て行った。










それから半時間、朝食兼昼食が出来上がった。
母親は朝早くから妹を連れて出かけると言っていたし、父親は遠征中だ。
料理すると言えば紅しかいないので、眠い目を擦りながらも彼女はキッチンに立っていた。

「…さて。んじゃアイツを起こしてきますかね」

未だに起きてくる気配のない彼を思い、紅は階段へと足を掛けた。



「まだ寝てる、か」

想像通りまだ寝ている彼。
先程とは身体の角度が違っている事から、寝返り程度には動いたらしいが。

「……………」

紅は口を閉ざしたまま彼に歩み寄る。
胸の上下運動に視線を落としながら、その傍らに膝を付いた。
彼の顔を挟むように向こう側に手をつくと、その身体を折っていく。
紅と彼との距離が縮まっていった。
軽く目を閉ざして、紅は前髪が横へと流れて露になった額に唇を当てる。
短いキスの後、彼女は身体を離した。

「紅っ!!!」

――― ひらり。

本当にそう形容できるような動作で紅は腹筋のみで抱きついてきた彼を避ける。
まるで蝶が網を掻い潜っていくように綺麗な動きだった。
そのまま立ちあがり、彼女はにこりと微笑んだ。

「はい、おはよ。成樹」

勝ち誇ったような彼女の笑みに、成樹は首を傾げる。
その眼は今しがた起きたばかりとは到底思えないものだった。

「何で避ける…っちゅーか避けれるん?」

彼自身は完璧に不意を付いたつもりだった。
ふと目を覚ませば隣に彼女の姿はなく、ぼんやりする事数分間。
彼女の足音が耳に届いてきたので彼は狸寝入りを決め込むことにした。
頃合を見計らって飛び起き、紅の驚く顔を見ようと思ったのだ。


しかし……彼女は予想外の行動に出た。
寝込みを襲う……と言うには語弊があるだろう。
目を閉ざしていてもわかる程に彼女が近づき、あまつさえその額に柔らかい感触。
それがキスだとわかると彼は文字通り飛び起きた。
…結果、あまりにもあっさりと成樹は紅に逃げられたのだが。

「ほら、さっさと下りて来いよ。朝飯用意したからさ」
「了解…。せやけど、何で避けれたん?」

未だ納得の行かない彼は再度同じ質問を紅に向ける。
彼女は部屋のドアに手を掛けたまま振り向き、先程と同じ勝ち誇った笑みを口元に刻む。

「知ってたよ。お前が狸寝入りだったって事」
「………へ?」
「寝てる人間の呼吸と寝てない人間の呼吸くらい見分けつくから」

つまりはわかっていてあの行動に出たと言う事だ。
紅からすれば悪戯大成功、といった所だろう。

「……………ほな、寝とったらあんな風に起こしてくれへんの!?」
「当たり前。何で私がそんな面倒な起こし方しなきゃなんないのさ。蹴り飛ばして起こしてたよ」

にっこりと満面の笑みで答える紅。
成樹は一気に脱力した。
舞い上がった自分が間抜けに思えてくる。

「鬼や…鬼がおる…」

ぶつぶつと呟きながら後ろをついてくる彼に、紅は肩を竦める。
階段を降りながら彼女は口を開いた。

「どこが鬼なんだかねぇ。折角朝飯作って、それを食わせてやろうって言うのに」
「…せやな…それだけで満足しとくべきやな…」
「……まだ不満か、この野郎」
「まぁ、欲を言えば」

階段を下りきっていた紅は深々と溜め息をつく。
そして、後一段を残して階段に立っている成樹に近づいていった。
彼の腕を体勢が崩れない程度に引き、自分はぐっと背伸びをする。
漸く届く程度の距離で、彼女は成樹の頬にキスをした。
不意打ちとも言える彼女の行動に、成樹は面白い程に固まってしまう。

「これで満足?」

ニッと口角を持ち上げた彼女を見て、つくづく敵わないな、と思う成樹だった。


こうして、彼らの一日は始まりを告げる。

05.09.30