絡めた指先

昔からある言葉って言うの?
そう言うのって、意味も知らずに使ってることが結構多いよな。
まぁ、これもその一つだったんだけどさ…。





「うわ…」

久々の休日を利用して読書に勤しんでいた紅。
そんな彼女が不意に漏らした声。

「どないしたん?」

同じく隣でサッカー誌を開いていた成樹が口を開く。
しかし彼女からの答えはなかった。
集中しているのか、ただ単に無視を決め込んでいるのかはわからない。
ほんの少しだけ肩を竦めた後、彼は紅が手に持っている本のタイトルを拾い上げた。

「“今となっては知らない言葉の由来”…?」
「ん?どうした?」

何とも言えないタイトルを口に出した成樹に、紅が漸く顔を上げた。
先程彼が同じ事を問いかけたのだが…あの言葉は彼女に届いていないようだ。

「いや、何が“うわ”なんかと思って…」
「あれ?口に出してた?」

それは失敬、と軽い調子で彼女は笑った。
釣られるように成樹も口角を持ち上げる。

「多分、これの事だと思うよ」

そう言って紅は自分の開いていたページの中ほどを指す。
隣からそのページを覗き込んだ成樹。
彼の吐息が頬を掠め、紅は擽ったそうに身を捩った。

「こら、あんまり近づくなって」
「何で?」
「くすぐったい…遊ぶな」

成樹はクスクスと笑いながらそう言った紅の腰を引き寄せ、目当ての部分を読み取る。
腰に回る手を叩き落とし、紅は彼が見やすいようにページを開いてくれた。

「『指きり』?」
「ん。ほら、歌であるじゃん?『指きりげんまん嘘付いたら針千本飲ます』って奴」
「…そう言えばそんなんもあったなぁ」
「それの…げんまんの由来?みたいなの」

自分で読むつもりはないらしい成樹は名残惜しげに紅を解放した。
いそいそと距離を取ろうとする彼女に苦笑を浮かべ、彼は続きを促がす。

「げんまんって漢字で書くと『拳万』なんだってさ」

紅は宙に指で『拳』と『万』の文字を綴りながらそう言う。

「何でも『拳で一万回ぶつ』って意味らしい」
「……それはなんちゅーか…」
「凄い約束だよな。守らない奴を殺す気かよ、これ」

苦笑交じりに本を閉ざす紅。
その隣で成樹も先程と同様に肩を竦めた。

「確かに怖いなぁ…」
「それにさ、由来も結構笑えないよ、これ」

指きりと言うのは一昔前の遊郭から始まっているそうだ。
遊女が客との愛の証として小指を切った…と言うところから来ている。

「…昔から続いてるあれこれって結構怖いの多いよなぁ」

紅の説明を聞き終えると、成樹は彼女の後ろに回りこんでその肩に顎を乗せる。

「やっぱそう思うよな。子供の時には平気で使ってたけど…由来とか知ると容易に使えないよ」

ポスンッと背後の成樹にもたれかかりながら、溜め息混じりにそう一言呟く。
そんな彼女の髪を梳きながら、成樹はその細い手を取った。

「愛の証に…か…」
「何?」
「いやー…証の為に指を切るなんて勿体無いなぁ、思ってん」

そう言って紅の指に自分のそれを絡める。
素直にされるがままで、紅は彼を見上げた。

「何?証でも示して欲しいって?」
「別にそんな事は思わんけど?」

愛されとる自信あるし、と彼は楽しげに笑う。
そんな彼に適当な返事を返すして、紅は空いている方の手で同じく空いている彼の手を取った。
その小指に自分の小指を絡め、口を開く。

「指切りしようか?」
「…何の約束?」

楽しげに笑う紅に釣られて、成樹もニヤリと口角を持ち上げる。
その続きに紡がれる言葉を想像もせずに。

「一昨日、ファンの子からお菓子貰ってたよな?」

問いかけ口調であるにも関わらず、それは酷く確信めいていた。
面白い程に固まってしまった成樹を見て、紅は心の中で笑う。

「そうやった…かな?」
「目が泳いでますよ、成樹さん」
「……………」
「ま、別に貰う分には全然問題ないんだよ。貰う分には」

やたら強調された全然という部分に裏を感じたのは成樹の気のせいではないように思う。
しかし、彼は何も言わずにそのまま続きを待った。
その先に紡がれるだろう言葉をある程度予測しながら。

「今度は分けてね」

にっこりとそう言う紅。
嫉妬してくれたわけでも、ちょっとした疎外感を感じてくれたわけでもないらしい。
彼女らしいといえばそれまでだが、少し…ほんの少しだけ寂しいと思ってしまうのは仕方のない事だろう。
未だ絡められたままだった小指を眺め、成樹は答える。

「はいはい。ほな、これからは姫さんの為に食べ物類は謹んで受け取っておきますわ」
「うん、よろしく」

そう言って紅は絡めた指を揺らす。
さすがにこの歳になってあの歌を歌うのはどこか気が引けるのでそれだけに留まったが。

「破ったらあの歌通りですから」
「…『拳で一万回』プラス『針千本』…?」
「そうそう」
「………紅って実は俺の事嫌いやったりするん…?」

先程まで約束を守らなかった相手を殺す気か、などと言っていたとは思えないセリフである。
成樹の言葉に紅はきょとんと目を見開いた。
だが、ふっと微笑みを浮かべて答える。

「嫌いな人に予約させるつもりはないんだけどね、私」

首元からシルバーのチェーンを取り出しながらそう言った紅。
その先に通されているのは銀色の細い指輪だった。

「…あー…もう…めっちゃ好きやで!紅~!!」
「はいはい…苦しいっての」

ぎゅうぅっと抱きしめてくる成樹にそんな軽い調子を返す。
彼女の頬が赤かったと言う事は、彼しか知らない事だ。



「あぁ、そうそう。成樹は針千本飲んでも死にそうにないからー…」
「(何や酷い言われようやなぁ…ここは突っ込んだ方がええんやろか…。)」
「約束守らなかったら捨てるね、これ」
「!?」




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05.09.19