三年越しの約束

「なぁ、今週末空いとる?」

休憩時間、成樹がベンチに座る紅にそう切り出した。
ドリンクのストローを銜えながら紅が頷く。

「空いてるけど…それがどうかした?」

程よく冷えたそれを喉に通した後そう質問を返す。
成樹はにっこりと形容できる笑みを浮かべた。

「京都まで行かへん?」
















「まさか行き成り京都まで連れて行かれるとは思わなかったな…」

頭の上に載せた帽子を被りなおし、紅が呟いた。
彼女の視線を受け、成樹は静かに微笑む。

「前に言うてたやろ?」
「?」

行き成りの言葉に意図が掴めず、紅はただ首を傾げた。
その仕草も成樹からすれば魅力的以外の何物でもない。
自覚無しと言うところに肩を竦め、人差し指で頬を掻いた。

「京都や。前に行こうっちゅーてたやん」
「あぁ、そうだっけ?」

記憶を探るも目当てのそれは見つからない。
どうでもいい事はさっさと忘れるのが紅の頭なのだ。

「…ま、三年前の話やから覚えとらんでも無理ないけど…」
「んー…お前が向こうの選抜で頑張ってた時の話か」
「!覚えてたん?紅にしては珍しい…」
「いや、全然。話の流れからしてそうかなーと」

悪びれた様子もなく成樹の淡い期待を否定する紅。
ここまではっきりと否定されればむしろ爽快と言えよう。

「別に覚えとるとは思わんだけど…何や微妙やわ」
「そうか」

気にした様子もなく、紅は窓の外の風景に目を向けた。
実を言うと、紅は覚えている。
記憶力に自信があるわけではない…と言うよりも、むしろ自信がない。

「(成樹と話した事だから覚えてるんだけど。)」

恐らく覚えていると言う事を教えてやれば彼は喜ぶ。
それはわかっているのだが、わかっていても実行に移さないのが紅だ。

「(それに、覚えてない方がおかしいだろ…。)」

隣に座る成樹にさり気ない視線を向ける。
先ほどは拗ねた様子を見せていた成樹だったが、今ではサッカー雑誌に視線を落としている。
まぁ、何とも立ち直りが早い。
これが彼のイイ所ではあるが。

「(一応、私だって嬉しかったんだしね。)」

口には出さずに、紅は言う。
そして肩を僅かに竦めると、電車のシートに深く背中を預けた。
再び窓の外に視線を向け、過去の記憶へと思いを馳せる。













『暁斗』
『ん?』

真剣な表情を見せる成樹に、暁斗も自ずとその表情を引き締めた。
しかし、彼から紡がれた言葉は暁斗の予想外の物。

『一緒に京都行かへん?』
『……マジ?』
『……………何でそないに嬉しそうなん…?』

成樹がそう問いたくなるのも無理はない。
暁斗は瞬時に嬉しそうに目を輝かせたのだ。
ボールを足元に、対戦相手と対峙している時のように。

『だってさ!歴史深いじゃん、京都って!!』
『あぁ、暁斗は古都が好きやったなぁ、そう言えば…』
『そうそう。一緒に行ってくれんのか?』

期待に満ち溢れた目を向けられ、成樹は苦笑に近い笑みを浮かべる。
好意を寄せる相手にこんな目を向けられて否定の言葉を紡ぐ事の出来る人間はいるのだろうか。
少なくとも、成樹には無理だった。

『地元だけでも案内したるわ』
『本当か!?その言葉ちゃんと聞いたからな!』
『はいはい。で、ついでに俺のウチ寄ってかん?紹介するし』

成樹の言葉に、暁斗はきょとんとした表情を浮かべる。
だがそれも一瞬の事で、次の瞬間には肩を竦めるように返事を返した。

『…あー…じゃあ、京都巡りは三年後って事で』
『何でや!?』
『紹介してもらうような気分じゃない。三年後くらいなら…考えてやるよ』
『…はぁ…了解や…。ちゃんと三年後まで覚えといたってや?』
『大丈夫大丈夫。ま、三年後まで俺らが親友でいられたら、の話だけどな~』

後ろ手を頭の後ろで組みながら暁斗はそんな事を告げる。
その表情は酷く楽しげで、明らかに冗談だとわかる物だった。
しかし、暁斗に背を向けられている成樹はそれに気づかない。

『!?!?』
『……………冗談だって。んな顔するなよ』















「…――」
「……ん…?」
「…紅…紅、もうすぐ京都駅に着くで」

肩を揺する振動に、沈んだ思考が持ち上げられる。
覚醒の兆しの見えた瞼がゆっくりと開かれた。
目に入る金髪に、紅はごく自然に微笑みを浮かべる。

「おはよ…」
「おはようさん。よう寝とったなぁ、自分」
「そう?昨日の夜遅かったから…それでかな」
「夜更かしはあかんで?」

紅は軽く伸びをしながら頷いた。
不意に、自分の頭の上に載せていた帽子がないことに気づく。
キョロ…と視線をめぐらせた彼女を見て、成樹が「あぁ」と彼女のお目当てのそれを持ち上げる。
ふわりと紅の髪の上に帽子を載せた。

「被りっぱなしは髪に良くないで?」
「…ありがと」

そうして何気ない時間を過ごしている間に、電車はホームへと滑り込んだ。













「藤村さん!?」
「友人ゆうのは紅さんかいな!」

お互いに顔を合わせた途端にそう声を上げる。
そんな二人に成樹が首を傾けた。

「面識あったん?」
「あったも何も…日本で女性のJリーグ入りを賛成してくれた第一陣の人だよ」

驚きを隠さずにそう言うと、紅は成樹のお父さんの方を向いた。

「まさか藤村さんが彼のお父さんだとは思いませんでしたね…。あの節はどうもお世話になりました」
「いえいえ。紅さんも頑張ってはるみたいやな。押した私としても鼻が高い。これからもその調子で頑張りや」
「はい。皆さんに恥じぬように全力を尽くします」

そう微笑む紅に、彼は優しい笑みを浮かべて頷く。
一方、成樹は二人が顔見知りだった事に驚き口を挟む事ができない。
紅にとって大事な話なのだから口を挟むつもりもなかったのだが。

「(別に心配する事なかったんか…。)」

他愛ない雑談を交わす二人を見て、成樹は静かに肩の力を抜いた。








「まさかお父ちゃんと知り合いやったとは思わんだわ…」
「私も。今思えば、成樹と同じ苗字なんだから気づきそうな物だよな…すっかり忘れてたよ」
「でも…」
「ん?」
「お父ちゃんとの仲も問題あらへんし、これでいつでも嫁に来れるで」
「………さーて、次は何年後の話だろうな?」
「紅のためやったら何年でも待つけど?」
「はは…。その間に私の愛想が尽きたらどうするんだよ?」
「大丈夫やって。愛想尽かされへんようにしっかりご機嫌とりするさかいな」
「…ほー…頑張れ」
「人事みたいに…」

05.06.14