暖かな時間

二人は親友だった。
お互いに誰よりも心のうちを明かし、誰よりも信頼を置く。
全てをさらけ出すのはお互いのみ。
けれど、一つだけ明かす事のないモノがあった。
それはまだ本人達すら自覚していない、心の深くに存在する確かな想い。









「しっかし…ホンマ急な雨やなぁ…」

成樹が空を見上げて呟いた。

「本当ね…うわー…ビショビショ」

そう言って、紅は自分の服の裾を絞る。
邪魔そうに前髪を掻き揚げると、長い髪から水滴が滴り落ちた。
まるで洗練されたかのようなその仕草に、成樹は目を奪われる。

3年ぶりの再会を果たしたのが数日前。
見違えるほどに美しく成長した紅に、成樹は自分の心のうちを打ち明けられずにいた。
何より、彼らの距離が余りに近すぎた所為もあるかもしれない。

誰よりも近い位置にいるだけに、言い出せない想い。

それを自覚したのはほんの最近の事だったが。

「で、どうする?」

髪を軽く絞ると、紅はそれを一本に纏め上げながら成樹に問うた。

「え・・あ、何の事や?」
「ったく…これからどうするんだって聞いてるんだよ。家に帰るにも行かないでしょ?」
「あぁ、その事かいな…。せやなぁ…」
「仕方ない、うちおいでよ。ここからなら近いから」
「ええん?」
「何を今更。中学の時は散々居座ったくせに」

クスクスと笑いながら、紅は微笑を見せた。
思い出すように細められた眼に、自分もそれを思い出す。

「せやったなぁ。ほな、お邪魔しよかな」
「了解ー。んじゃ、家までひとっ走りしましょうか」

そう言って、二人は雨宿りを終えて紅の家へと向かう。











「やっぱかなり濡れたな…ほら、タオル」

自分も濡れた髪をタオルで拭きながら、成樹にタオルを渡す。

「先にリビングに入ってていいよ」
「濡れるで?」
「いいって。私が歩いてるからどっちにしろ濡れてる」

そう言うと、紅はリビングには戻らずにそのまま廊下を進んでいった。
残された成樹はこのまま玄関にいるわけにも行かないと、言われたとおりにリビングへと足を踏み入れる。
程なくして、紅がリビングへと顔を出した。

「成樹、風呂沸かしたから入りなよ」
「おおきに。せやけど、紅が先に入りや」
「や、先に食器の片づけが残ってるから…こっちしておくよ。風呂上りにはしたくないし」
「そうなん?ほな借りよかな」
「バスタオル用意してあるから。服は…父さんのしかないけどいい?」
「かまへんよ」

紅は雅晃の服を成樹に渡すと、キッチンへと入っていった。
その背中を見送ると、成樹はリビングを出て浴室へと向かう。











「風呂上りの水分補給した?」

バスタオルで髪を拭きながら紅が成樹に尋ねた。
先に風呂を上がっていた成樹はリビングで外の様子を見ている。
その様子ではしていないだろうと判断した紅は冷蔵庫から適当に飲み物を取り出した彼の元へと歩んだ。

「いつもは元気な髪が寝てる」

くすくすと笑いながら未だ水気を含む成樹の髪を弄った。
隣に膝を突くようにして自分の髪を弄り、微笑む紅。
そんな彼女を視界に捉える。
何か言いたげな視線に、紅は首を傾げて見せた。

「…?どう…」

何かを言おうとした紅の腰を引き寄せる。
力に逆らわず、紅は素直に成樹の腕の中に納まる。

「成樹…?」

自分の肩に成樹の頭があるために、彼の表情を見ることは出来ない。
だが、紅が名前を呼べば僅かに腕に力が篭る。

「……や…」
「え?何?」

肩に掛かる息にくすぐったそうに身を捩りながら紅が問う。
すると、成樹はようやく紅の肩に置いていた額を離す。
そして真正面から紅を見つめた。

その真剣な眼差しに、紅は口を噤む。

「好きや」

今度ははっきりと紅の耳にその言葉が届く。
暫くその真剣な目を見つめた後、紅はふっと表情を和らげた。

「私も好きだよ」

笑顔を浮かべたままそう答える。
その言葉は確かに成樹の望んだ物だったのだが…。
心の面では彼の満足のいくものではなかった。
いや、紅自身は恐らく成樹の言葉が本気である事を理解しているだろう。
だが彼女はそう返した。
今はまだ答えられないと言う気持ちを裏に秘めた言葉を。

「…さよか」
「さようです。成樹の傍が一番落ち着くし」

そう言ってクルリと成樹に背を向けると、紅はソファーに座り込んだ。
テーブルの上にあった雑誌を引き寄せると背中を成樹に預けてページを捲る。
そんな紅に笑みを見せると、成樹も同じく雑誌を手に取った。
会話を交わすでもない、静かな一時。

しかし、その時間は決してお互いを束縛する物ではなく…。

暖かい時間はゆっくりと時を進めていった。

05.02.19