後悔先に立たず

「好きです」

校舎の裏側の人気のない所。
お約束のようなやり取りに、暁斗は困ったように笑みを見せた。

「ごめんな。俺、今は誰とも付き合うつもりないんだ」
「何故ですか?好きな人でもいるんですか!?」

だって俺女だし。……とは口が裂けても言えない。
女子生徒の問いかけに、暁斗はただ首を横に振った。

「女子サッカー部キャプテンと仲がいいですよね?」
「小島の事か?まぁ……アイツはサッカー仲間だし…好きだよ?」
「やっぱりっ!!」

一人で何やらショックを受けると、女子生徒はそのまま走り去ってしまった。
引き止める暇すらなく消え去った彼女に、暁斗はやれやれと溜め息を漏らす。

「そんなに仲いいか…?……………考えても仕方ない…戻るか…」
















「『桜上水のプリンス恋人疑惑!お相手は女子サッカー部キャプテン小島有希!?』」
「…………………おはよう、成樹」
「おぅ。おはようさん」
「で、それは何」

成樹の持っている紙を指さして、暁斗がそう問う。
それに、成樹が笑みを返した。

「これや、これ」

そう言って、持っていた紙を暁斗に差し出す。

「…………………………………………」

長い沈黙を置いて、暁斗は静かに紙を破り捨てた。

「どこで?」
「そこら中に貼ってあるで。発行元は写真部やな」
「へぇ…んじゃ、ちょっとお礼参りに行かないとなぁ…?」

顔に綺麗な笑みを貼り付けて、暁斗がそう言った。
明らかに怒っている暁斗に、周辺の生徒は二人を避けて廊下を通る羽目になった。
まるで『触らぬ神に祟りなし』とばかりにこそこそと去っていく生徒。
廊下に設置してあったゴミ箱に紙くずを投げ入れると、暁斗は新聞部の部室目指して歩き出す。










「なぁ…新聞部の部室に行くんちゃうの?」

部室の前で踵を返した暁斗に、成樹が声をかけた。
暁斗は足を止めずに答える。

「新聞部締め上げるより先に行くべき所があるのを忘れてた」

そう言って、暁斗の足は教室棟へと進む。

「たつ!」

目当ての教室に着くと、暁斗は大声で竜也を呼んだ。
至極嫌そうに眉間に皺を寄せて、竜也が廊下で待つ暁斗の所へと歩いてくる。

「何だ」
「悪いな。小島はどうしてる?」
「…あの貼り紙の事か」

事を悟った竜也がそう言うと、暁斗は頷く。

「見ての通り、教室にはいないな。さっきまで女子が騒いでたけど……あいつらもどっかに行ったみたいだ」
「……そうか。さんきゅ」

答えるが早いか、暁斗は廊下を走り出す。
女子の嫉妬心ほど恐いものはないと暁斗は理解している。

「お前だろ?あの貼り紙の事を新聞部に持ち込んだのは」

竜也が溜め息交じりにそう言うと、成樹は面白そうに笑った。

「せやで。最近面白い事があらへんから…丁度ええやろ?」
「何が丁度いいんだ…雪耶にばれても知らないからな」

それだけ告げると、竜也は自分の席へと戻る。
成樹も暁斗を追って、廊下を軽く走り出した。












「小島奪還成功~」

暁斗が後ろに有希を引き連れて教室へと帰ってきた。
席に着いていた成樹が顔を上げる。
心なしか有希が疲れているように見えるのは気のせいではないだろう。

「あんな助け方されたの初めてよ…」
「どないして助けたん?」
「口説いた」

そう短く返す暁斗。

「とにかく……助けてくれてありがとう。じゃあ、教室に帰るわ」
「おー。また何かあったら呼んでいいから」

教室を出て行く有希を見送ると、暁斗は成樹の前の席に腰を降ろした。

「口説いたって何したん?」
「ん?父さんが言ってた事の実践…」

暁斗が曖昧な笑みを浮かべてそう言った。







「さて…面白い事を耳にしたんだけど?」
「何のことですやろ?」
「写真部にネタを持ち込んだ奴は男らしいんだよなぁ。それも金髪のサッカー部員。誰の事だろうなぁ?」

にっこりと。
それはもう見惚れるような笑顔で暁斗が成樹に言った。
桜上水の誇るプリンスと言うのはあながち間違いではないだろうと、成樹は心の中だけで思った。
もっとも、彼にそんな余計な事を考えている余裕はなかったのだが。

「さ、さぁ?」

視線を泳がせつつ、やっとの事で答える。

「ふぅん…そう言う事言うんだ…」

暁斗は何かを企んでいるような笑みを見せた。
だが、それ以上は何も言わずに教科書を開く。
暁斗の笑みに、成樹が不安を覚えたのは言うまでもないこと。






その日の放課後。
サッカー部では奇妙な事が起こっていた。
やたらと成樹にボールが直撃する。
勢いがついていないものから、風圧すら纏って頬を掠めるものまで。
成樹が暁斗に謝るまで一時間もかからなかったわけだが…。

「ホンマ悪かったって。ええ加減に許してくれへん…?」
「自業自得」

きっぱりと切り捨てられた。
有希を巻き込んだ事に腹を立てている暁斗の機嫌は、その日の部活の終了間際まで治まる事はなかった。

05.01.10