005.焦れったくて歯痒くて
「―――あのさ!」
部屋に来るなり黙り込んでいた翔陽が口を開く。
珍しいな、とは思っていたけれど、何か言いたいことがあるのはわかったので彼が口を開くのを待っていた。
キーボードを打つ手を止め、彼を見る。
「なぁに?」
「………最近、何かあった…よな?」
問いかけではあるけれど、確信を持ったそれ。
図らずも息をのんでしまい、そしてそれが肯定的な反応であると心の中で舌を打つ。
「何もなかった、とは言わせてくれないのね」
「だってお前、どう見たっていつもと違うし、それに―――」
聞いた、と呟く。
隠していたわけではないけれど、翔陽に話していなかったことはある。
春高に出場してからの彼らはちょっとした人気者で。
新しい学年に上がってからも、噂を聞いた新入生たちが体育館を覗いて色めき立つのを見てきた。
幸いと言っていいのか不本意といえばいいのかわからないけれど、翔陽はあまり対象として名前が上がらない。
直接的な害はなかったので気にしていなかった―――が、色めき立つのは女子ばかりではなかった。
「…三日前に告白されたって?」
不満です。と顔に書いてあるような表情だ。
思わず笑ってしまいそうだけれど、そういう状況でもないので少しだけ頬の筋肉に力を籠める。
「うん。断ってるよ」
「お前が断るのは知ってるし!―――そのときだろ、嫌な思いしたの」
告白された。翔陽が知る事実がそれだけであればよかったのに。
どうやら余計なことまで聞いてしまっているらしい。
「相手、バスケ部で俺より身長高くて…中学では人気だったって」
「私は知らない子だったけどね。…ねぇ、あんまり思い出したくないんだけど…」
「俺が!…お前に、釣り合わないって言われてるんだろ」
ぐっとこぶしを握り、奥歯をかみしめるようにして紡がれた言葉を聞きたくなくて。
何とか止めようとしたけれど、その言葉は彼の唇を飛び出してしまった。
「…美人だし、笑ってると可愛いし、性格も頭も良くて、公にしてないけど才能もある」
「………」
「俺―――」
彼の口から“彼自身”を卑下する言葉は聞きたくなくて。
指先でそっと、その唇に蓋をする。
「私は翔陽がいいよ。他の誰かじゃなくて、あなたと一緒にいたい。私の大好きな人だから」
翔陽が烏野に入学してから程なくして、私たちの関係は学校に広まった。
色々と噂されていた私の“好きな人”に対して外野がうるさい時期もあったけれど。
多分、私の彼に対する態度を見てみんな納得できたのか―――噂は、自然と消えた。
「~~~~っわかってっし!お前がそうだってわかってるけど…嫌な思いしたときくらい言えよ!」
「!」
「隠してるつもりだろうけど、俺わかるし…もやもやするっていうか…全部話せとは言わないけどさ。…嫌だったこととか、そういうのはちゃんと言ってほしい」
「………」
翔陽の前ではあんまり弱音を吐かない。
元々誰の前でも吐かないようにしているから、話をするとしても兄さんくらいで。
だって、弱い自分を見せるのって、すごく勇気がいることだから。
「お前が話したからって、嫌いになったり別れようって言ったりしないから」
多分―――私が翔陽の前で弱音を吐けない理由は、そこにある。
彼はそれをわかっていて、あえて口にしたのだろう。
「すぐには無理だけど…」
「…うん」
「翔陽に伝えられるように、頑張る」
「…うん。頑張ることじゃないけどな!お前って疲れたとかしんどいとか、そういうこともあんまり言わないから」
「そう、かも?」
「清水先輩も言ってたぞ。“頑張りすぎるから見ててあげてね”って言われてる。谷地さんも多分気付いてる」
「潔子さん…仁花ちゃん…」
「お前って自己管理?マインド…コントロール?が上手いから、我慢してるわけじゃないのわかってるけど、ちょっとずつ周りを頼っていいからな。俺でも、他の人でも」
「マインドコントロールって…ふふ、メンタルヘルスかな?…うん、ありがと」
日向 翔陽/ 狐の嫁入り