100.この道を二人どこまでも

ジムチャレンジが終わった。
閉幕式の翌日だというのに、シュートシティはまだ少しばかり熱気を残している。
その熱気から逃げるように、ホテルとスタジアムを繋ぐ橋へとやってきた。
町の中心部には出店も出ているため、人々はそちらに集中しているらしく、人通りはない。

トーナメントの最後、決勝戦の対戦は多くの観客が予想したであろうダンデさんとキバナさんだった。
ドラゴンタイプだけでなく、天候を操るポケモンを駆使して戦う彼の姿。
普段の少し下がった目元からは一転、捕食者を思わせる獰猛な眼差しに、心臓が痛いほどに鼓動した。

「…勝ってほしかったな…」

出来るならば、彼がチャンピオンに輝く瞬間を、この眼で見たかった。
いつもはテレビ画面越しでしか観ていなかったその姿を、同じスタジアムで観ていた、今回だからこそ。

「なぁ」

最後のポケモンが倒れ、悔しそうに歯を噛み締める彼の姿が、今もまだ脳裏に焼き付いている。
彼に敗れた自分も、同じような顔をしていたのだろうか。

「なぁって、あんた」

ダンデさんのポケモンやその戦略が素晴らしかったことは認める。
けれど、やはり自分はキバナさんに勝ってほしかった。
もう何年もずっと、憧れてきた人だから。

「おい!」
「!!」

グイッと腕を引かれ、橋の欄干に凭れ、ぼんやりと水面を見つめていた思考が帰ってくる。
声をかけられていたらしいと気付き、振り向いた先にいた人物に目を見開いた。

「キバナ、さん」
「おう。悪かったな、気付いてなかったみたいだからよ」
「いえ、大丈夫です。…気付いてなかったのは、本当なので」

そう言えば、考え事をしていた頭の片隅で、誰かの声を聞いていた気がする。
もしかすると、何度も声をかけさせてしまったのだろうかと申し訳ない気持ちになった。
こう言う時にはエーフィが声をかけてくれるのだが…と探せば、彼女はいつの間にかキバナさんの足元にいた。
大きな手が、エーフィの頭を撫でている。
時折耳元をくすぐる指先の動きに目を細めるエーフィ。
…羨ましいなんて、思っていない。

「…えっと…?」

誤魔化すように促してみると、エーフィを見下ろしていた視線が私に向けられた。
あー、と少し躊躇うような彼に、おや?と首を傾げる。
何か、言いにくいことだろうか。
いつだって自信に満ちた彼ばかりを見ていたから、そんな姿は新鮮だ。

「…帰るのか?」
「え?」
「シンオウ、だったよな」

シンオウと言えば私の出身地だ。
何故、それを知っているのか―――不思議に思うも、ジムチャレンジのプロフィールには出身地を書く項目があったことを思い出す。
ジムリーダーであれば、その程度の情報を知ることは容易なのだろう。

「えっと…はい。月末までは親戚の家でお世話になりますけれど、来月には」
「向こうではどうすんだ?」
「仕事を探します。ジムチャレンジは一度きりって決めていたので」
「…そうか」

まさか、自分がチャンピオンになれるだなんて、思っていなかった。
けれど、やるからには頑張ろうと決めた。
それでも、自分の一番の目標は。

「…あなたに、会いたかったんです。あなたに憧れていたから」
「―――」
「キバナさんと戦えたこと、本当に嬉しかったです」

欲を言うならば勝ちたかった。
バトルのときの彼の眼は、熱くて強くて、どうしようもなく心を揺さぶられた。
もしかすると、そういう所が敗因だったのかもしれないと苦笑する。
一度きりのジムチャレンジと決めていたから、この気持ちはここに置いていこう。

「…ありがとうございました」

彼にとっての自分はきっと、数多くのチャレンジャーの一人だ。
昔の出会いを覚えてもらえていただけでも十分。
最後に笑顔を残していこうと、晴れやかな気持ちで頭を下げる。

「―――スタジアムの仕事に、興味ないか?」
「え?」
「俺のところまでたどり着けるチャレンジャーは多くない。だから、有望な奴には声をかけてる」
「こ、光栄ですけど、でも…」

自分にできることなんて、あるのだろうか。
何か特別な資格があるわけでもないから、二つ返事で頷く自信が持てない。
答えを出しかねていると、「あー…違うな…」と少しだけ苦笑いを浮かべて首の後ろを掻く彼。

「…応援、サンキュ」
「!!?」
「聞こえてた」

その言葉に、一瞬だけ昨日の光景が浮かぶ。
何度か目が合ったような気がしていた。
けれど、まさかそれが本当だなんて―――自惚れだと思っていた。

彼の長い腕が、私に向かって伸びてくる。
逃げることなくその手を見つめていると、長い指先が私の頬をなぞった。
熱を持つそこは、昨日、彼の敗北を見て涙が流れた場所だ。

「シンオウに帰らず、残ってほしい」

心臓が、痛い。
昨日の涙とは別の涙が、頬を伝う。

「悪ぃ。言葉にしてやれたらいいんだろうけどよ」
「…いいんです、大丈夫」

きっとまだ、始まったばかりなのだ。
何かを明確にするには、お互いに時間が足りない。

「…ナックルシティ、案内してもらえますか?」
「おう、任せろ!他の町も案内してやるよ」
「はい。…よろしくお願いしますね、キバナさん」

キバナ

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20.05.11