099.永久に煌めく
「キバナさん、聞いていた荷物が届いてますよ」
「おう、サンキュ。俺の部屋に届けておいてくれるか?」
「わかりました」
ナックルジムに配属され、細々とした雑務を行うようになって早数年。
はじめこそ緊張していたジムリーダーであるキバナさんとのやり取りにも随分慣れたと思う。
それでも、本人不在の部屋に入った経験は数回で、未だに少し緊張する。
本人はいないとわかっているが、ノックをしてから「失礼します」と言って室内に入った。
身体の大きな彼に見劣りしない大きな机と、向かい合うソファーとテーブル、部屋の隅にあるトレーニング機器。
接客用に設置されているソファーには荷物が置かれていて、あまりその用途では使用されていないことがわかる。
彼らしいな、と思いながら、段ボール箱に詰められた荷物をテーブルの上に置いた。
そうして部屋の中をぐるりと見回すと、壁際に置かれたガラス棚が目に入った。
彼が獲得したであろう多くのトロフィーやメダルが飾られている中。
隠すように、けれどどこか大切そうに置かれた一つのそれが目に入った。
「…ジムバッジ?」
今年のジムバッジでないことは、そのデザインからわかった。
ジムチャレンジのバッジは毎回デザインが変更される。
大きく変わることもあれば、その変化が小さい場合もあるが、同じデザインは使用されない。
バッジの裏側を見ればいつのジムチャレンジのバッジなのかが分かるけれど、生憎見えているのは表側だけだ。
「…何でこの時のバッジだけ…?」
全ての回のバッジを飾っているのなら、わかる。
しかし、飾ってあるバッジは一つだけで、しかもこのナックルジムのドラゴンバッジだ。
全てを取り揃えて完成しているバッジなら、キバナさん自身のものであるという可能性もあっただろう。
いくら推理してみてもわからない答えに、首を傾げた。
―――ガチャ。
「お、まだいたのか。悪かったな、荷物持ちをさせちまって」
「いえ、お疲れさまです。そこに置いておきましたよ」
「ああ、ありがとな」
用が終わっても部屋に残っていたことを特に咎めるわけでもなく、キバナさんはソファーの荷物を避けてそこに腰を下ろし、段ボールを閉じるガムテープを豪快に破り取った。
そして、一番上に置かれていたらしい納品書と、箱の中身を確認していく。
「キバナさん」
「ん?」
「このバッジって…」
その続きを言いよどむと、彼の眼がこちらを向いた。
バッジ、の単語の示す意味を理解したらしい彼は、あぁ、と頷く。
「お前には話したことなかったか」
そう言って、納品書を置いて立ち上がった彼が、ガラス棚の前に歩いてくる。
自分も平均よりも高い身長はあるけれど、彼に背後に立たれると、相変わらず大きな人だなと思う。
振り向いた彼の眼は、身体の大きさに似合わぬ優しい色合いを宿していた。
バトル中とは真逆のその目を見て、もしかして、と気付く。
「これな、俺の嫁のバッジ」
「…やっぱり」
「んだよ、知ってたのか?」
「いや、キバナさんの表情で何となく」
そう言うと、彼は少し照れたようにはにかみ、長い指で頬を掻いた。
「基本的にそのときのバッジ以外の在庫は全部本部に返すんだけどな」
「ですよね。だから変だと思ったんですけど…納得しました」
「渡してやるのは無理だけどよ。俺が勝手に持ってる分には問題ねぇだろ」
悪用なんてさせねぇしな、と笑う彼に、思わずつられてしまう。
この人、本当に嫁のことが好きだよな、と思う。
この人の嫁好きは今に始まったことではないし、何ならスタッフはみんな知っていることだし、嫁本人とも顔馴染である。
SNSでも人気の高い彼の嫁となれば、悪い意味で有名である。
心無い炎上が彼女を傷付けないのだろうかとスタッフ一同心配したこともあるけれど、そこはキバナが一枚上手だった。
キバナさん自身が嫁のジムチャレンジの壁であったことは有名な話だ。
そこで、彼女のジムチャレンジが終わってしまったことも。
「彼女、知ってるんですか?」
「アイツはあんま職場に来ねぇからな。知らないだろ」
きっと、この先それを伝えるつもりもないのだろう。
それでも、彼がこの部屋の主である限り、このバッジはここに在る。
俺も、今日は嫁に土産の一つも買って帰ろう。
言葉に言い表せない温かい感情を胸に、きらりと光るバッジを見下ろした。
キバナ