098.ファンファーレを高らかに

スタジアム内を覆いつくす熱気に、少しだけ気圧される。
それ以上に、飲まれるような高揚感と、少しばかりの羨望。
かつて、あの場所にいたのは私だった。

夢を叶えるまで、ずっと走り続けられる人は、どれくらいいるのだろう。
このピッチで打倒チャンピオンを目指していたかと言えば、そうとも言えない。
一番の目標は、キバナさんに会うことだったから。
でも、それでも―――ジムチャレンジを進めている間の楽しさは、数年経った今でも忘れられない。
最後の一欠けらが埋まらなかったバッジは、今もタンスの上に置かれたままだ。
最後の最後まで頑張ることはできなかった―――けれど、捨てることもできなかった。
いつまでも夢見る子どもではいられなかったけれど、その代わりに得たものもある。






「ドラゴンストーム!トップジムリーダー、キバナ!!」

観客の声援に負けじとジムトレーナーを紹介するマイク音声。
雑念を払うようにピッチへと視線を向けると、入口から入ってきた彼が両サイドに軽く手を上げるのが見えた。
ふと、見えているはずのない彼と、視線が絡む。
二ッと口角を持ち上げた彼がこちらに背を向けた。
何を?と思ったのは一瞬だけ。
腕を伸ばしてロトムスマホの画面をこちらに向けるその様子に、何をしているのかを悟る。

「…もう、あの人ったら…」

相変わらず自撮りに余念のない彼に、思わず笑みが零れた。






「―――帰ったぜ」

エーフィが反応していたから、そろそろだろうとは思っていた。
ドアの開閉音が聞こえて玄関へと向かう。

「お帰りなさい」
「おー。ただいま」
「お疲れさまです」
「開会式だけだからな、そうでもないぜ?」
「あぁ、すごかったですね。今年はダンデさんの推薦が二人ってことで、随分盛り上がってました」
「だろうな。ま、俺のところまで来るかどうかはわからねぇけど」

隣に並んで廊下を歩きながら、そんなことを話す。
憧れていただけだった彼の隣に並ぶようになって、どれくらい経っただろうか。
彼は女性にも人気だから、この場所に恥じない自分でいられるだろうかと、いつも少しだけ不安だ。
部屋着に着替えるために自室に向かった彼を見送り、夕食の準備を済ませてしまう。

「もしかして、寝落ちてる?」

疲れてないみたいだったけどなぁ、なんて考えながらリビングを出た。
部屋に入る前にノックをするけれど、返ってきたのは沈黙だけ。
その代わり、隣の寝室からエーフィが出てきた。

「キバナさん、そっちなの?」

昔からの相棒にそう問いかけると、ふぃー、と肯定が返される。
開いている扉から顔をのぞかせると、キバナさんがタンスの前にいるのが見えた。

「お前はいつも開会式を観に来るよな」
「…キバナさんがチケットを持ち帰ってくれますから」
「―――いつも、羨ましそうな顔をしてる」

彼が何を見つめているのか、わかってしまう。
彼の隣に並び、ディスプレイされたそれへと視線を落とす。

「羨ましいのは、仕方ないですね。一度でいいから、この子たちと勝ちたかった。
でも、いつまでも子どもではいられません。私の実力が足りなかったから、仕方ない」

悔しかったけれど、諦めることはできた。
キバナさんのジムまで到達した実力を買われて、ジム関係の仕事に就いたことで、納得できた部分もある。

「あの日、私のジムチャレンジは終わったんです」
「………」
「そこで謝らないあなたの性格が好きなんですよ、私」

謝罪は要らない。
手加減をしてもらって得たバッジに価値はないから。
それでも、欠けたバッジを見つめるキバナさんの想いは、知っている。

「あなたが全部受け止めてくれたから、私に悔いはないです」
「…お前はいい女だなぁ…」
「ふふ、今が幸せだからですよ。それに…」

漸く小さく笑みを浮かべてくれた彼を背中から抱きしめる。

「羨ましい気持ちは、あなたと戦えるあの子たちに対して、ですよ?」
「ん?」

対戦中の彼の眼は、ドラゴンストームの名をものにした強者のそれだ。
最早、私に向けられることはない、強く鋭い眼差し。

「ピッチのキバナさんって、すごく格好いいんですから!
私をあの目で見てくれること、全然ないから羨ましいんです」

それだけを言うと、振り向く彼から逃げるように「ご飯冷めちゃいますよ!」なんて言いながら寝室を後にする。
廊下に出る前に、彼の長い腕に閉じ込められてしまったけれど。







「俺はお前の夢を奪った男だが―――お前のことが好きだ。
幸せにしたいから、一緒に居てくれないか」

キバナ

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20.01.02