096.小さな背中を抱き留めて

「………どうかしましたか?」
「え?あぁ…何でもないのよ、気にしないで」
「そうは言いますが、一刻程は視線を感じていると思いますが」

言いたいことがあるのならば聞きますよ。

そう言って、鬼灯が身体ごと振り向く。
見る、というほど注視するわけでもなく、視線を向けていた鬼灯の絵柄が消え、視線を上げて彼と目を合わせた。
不思議そうに首を傾げるその表情は、他の人から見れば何の変化もないように見えるのかもしれない。

「そんなに見ていたかしら」
「はい。言いたいことがあるのかと思いましたが?」
「そういうわけではないんだけど…鬼灯、大きくなったなぁと思って」
「………何千年前の話ですか」
「うん、そうなんだけど。昔はこうして抱きかかえられるくらいに小さくて、可愛かったなぁって」

こうして、と座ったまま、膝の上に幼子を抱き上げるように腕を動かす。
よくこうして鬼灯を膝の上に抱き上げて、抱きしめては、嫌がられていた。

「鬼灯、嫌がって中々させてくれなかったけれど」
「当然です」
「甥っ子を思い出すから嬉しかったのに、抱き上げさせてくれなかったから寂しかったわ」
「と言いながらも何度か力業でしたよね」
「だって、可愛かったから」

丁度同じ年頃だったのよ、と笑う。
鬼灯がまだ幼く、抱き上げられるほどの年頃だったのは、もう何千年も前のことだ。
自分がこの世界に来て間もない頃であり、適応力のある身であっても故郷が恋しいときもあった。
膝の上から逃れようとするその小さな背中を抱き留めて、少しだけ、と懇願したこともある。
お願いだから、と言えば、暴れて嫌がる彼も、最終的には折れてくれることが多かった。

「あの頃の鬼灯に戻らないかしら」
「遠慮します」
「若返りの薬の材料ってこの世界にあるのかしら…」

探してみようか…そんなことを考え始めたところで、鬼灯が「一子、二子」と座敷童子たちを呼ぶ。
彼の意思を正しく読み取ったらしい二人が、即座に膝の上を陣取ってきた。
二人分の体重は軽くはないけれど、重すぎるわけでもない。
暗に「若返りの薬はやめておけ」と釘を刺されるも、とりあえずは役得、と小さな二人を膝の上で安定するように両腕に抱え、近付いてきた鬼灯を見上げる。

「そんなに嫌だった?」
「惚れた女性の膝の上に抱き上げられるのは子供とは言え不本意でしたね」
「あぁ、そういう」

なるほどね、そう頷いていると、膝の上の重みが消えた。
足音の方に視線を投げると、部屋の扉から走り去る後姿が二つ。
相変わらず、彼女らは自由奔放だ。
それを見送っていると、背中がぬくもりに包まれた。
伸びてきた両腕が二人の隙間をゼロにする。

「…この方が好みです」
「こういうことをしそうにない顔でこれだものね…」
「男としてはごく普通の感覚かと」
「普段は理性的で効率的なのに…こういうことだけは本能に忠実よね、鬼灯って」

そんなことを呟くと、背後の彼から複雑そうな空気が流れてきた。
顔を見ていなくたって、そのくらいはわかる。

「これでも抑えてますよ。ちゃんと、仕事ができるでしょう?」
「………ええ、そうね。毎日、本気のあなたの相手をしていたら…いくら私でもこの量の仕事は無理だわ」
「やってみます?喜んで協力しますが」
「私が動けなくなったらあなたの仕事が増えるわよ」
「………そうですね」

心底不本意そうな声色に、思わずクスリと笑う。
彼の腕の中でくるりと上半身を反転させ、近い距離で微笑みかける。

「若返りの薬を試してくれるのなら、付き合うのも吝かではないけれど?」
「―――遠慮しておきます」
「そんなに嫌なのねぇ」
「子供扱いは幼い頃だけで充分です」

鬼灯 / 黒に染まる、黒に染める

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18.04.03