094.言葉にならない侭

幼馴染という関係は楽だ。
少なくとも、紅にとっては。
そんなことを考えながら、彼女は隣に立つ黒尾を見つめた。

「…ん、これか?」

視線に気づいた彼が、その視線の意味も正確に汲み取って本棚の上の方から一冊の本を抜き取る。
紅の身長ではどう転んでも届かないそれは、まさしく彼女が求めていた本である。

「ありがとう」
「おー」

どういたしまして、の言葉の代わりに、紅の頭を撫でる大きな手。
恐らく、身丈に比例して小ぶりな彼女の頭くらいは余裕で掴めてしまうのだろう。
けれど、彼の持つ大きな手や身長に恐怖を抱いたことは一度もない。

「(これにしようかなって見てたの、一瞬だったのにな)」

相変わらず、察しの良い男だと感心する。
手渡されたそれは参考書で、その中身は非常にわかりやすかった。

「決まったか?」

これにしよう、と決めたところで、上から降ってくる声。
二人の身長の差を考えれば、降ってくるという表現も強ち間違いではない。

「うん、これにする」
「よし、じゃあ買って帰るか」

そうして促されてレジへと向かい、会計を済ませて帰路につく。
既に日の落ちた住宅街は閑散としていて、時折通る車と二人以外に動きは感じられない。

「鉄朗って、何でもわかるよね」
「なんだよ、急に」
「ううん、幼馴染ってすごいなーって思っただけ」

紅の言葉に黒尾は微妙な表情を見せた。

「幼馴染…ね。研磨のことはここまでわかんねえよ、さすがに」
「…そう…だっけ?」

いや、結構わかってると思う…と首を傾げる彼女に苦笑する。
確かに、他の部員よりは遥かにわかっているだろうけれど、しかし。

「お前だけだって言ってんの」
「………」
「お前の目は正直だからな」

何を考えているかわからないだとか、暗いだとか。
人付き合いはどちらかと言えば苦手なのは研磨と同じで、そういうマイナス的な評価が多かった。
そんな中で、紅たちを理解してくれている大切な幼馴染。
もちろん、紅にとってはそれだけの関係ではないけれど。

「…鉄朗」

胸にこみ上げた温かい感情が零れてしまわないようにと、きゅっと唇を結ぶ。
クイッと小さく裾を引いてその名を呼べば、彼は何を言わずとも彼女の心中を察した。
そして、口角を上げて微笑んだ彼は何も言わずに腰を折る。
縮んでいく二人の距離に促されるように、静かに瞼を伏せた。

黒尾 鉄朗

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17.01.28