085.不条理シークエンス

「やぁ、裕太」
「………珍しいな、兄貴が声をかけてくるなんて」

普段からにこやかな兄だが、この時ばかりは自分の中の警鐘がガンガン鳴り響いていた。
この笑顔の時の兄に関わると碌な事がない―――そう思うのに、回れ右をして逃げ出せない悪循環。
こう言う時に逃げ出してしまえば、もっと大変な事態になると言う事は子どもの頃から、嫌と言う程理解している。

「今日、人助けをしたんだって?」
「…人、助け?」

したのかもしれないけれど、さほど記憶に強く残っている出来事は思い浮かばない。
それにしても、自分がそんな事をしていたとして、この兄の機嫌の良さは何なのか。

「うん、僕の同学年の女の子」
「………ああ、そう言えば」

偶然歩いていた廊下の前、ふらふらと危なっかしい足取りで歩く小柄な女子生徒がいた。
小柄と言っても男子生徒を基準に考えた時と言う程度で、思っていたほどの差がない事に気付いたのは彼女を呼び止めてからだった。
体格云々よりも、バランス感覚は大丈夫かと思わせるその足取りが問題だったのだ。
思わず呼び止めてしまったけれど、初対面である事に遠慮したのか、申し出は一度、断られてしまった。
だが、再び歩き出そうとした彼女があまりにも心配で―――普段ならそこで放っておくのに、強引に荷物を受け取ってしまったのに驚いたのは他でもない自分自身だ。

「助かったって喜んでたよ、ありがとう」
「あー…兄貴の知り合い?」
「うん、クラスメイト」
「…クラスメイトのお礼なんて、兄貴らしくないな」

思わず心の声が零れ落ちてしまった。
クラスメイト程度の関係の人間に代わり、礼を言うなんて兄らしくない。
今まで十数年、この兄の弟をしてきた自分の勘は間違っていないと思う。
自分のことではないのに、何だか身構えてしまうその態度に気付いたのか、兄はクスリと笑った。

「彼女、弟が欲しいんだって。末っ子だから、羨ましいらしいよ」
「………」
「だから、仲良くするようにね。
また、困ってたら助けてあげて。見ての通り、放っておけない感じの子だから」

それには迷わず同意できるけれど、どこかどう繋がって『仲良くしろ』になるのかが疑問だ。
だが、何となく答えは出ている気がした―――あまり、認めたいと思わないだけで。
やがて、兄が部屋に去っていき、ぽつりと廊下に取り残される。

「裕太、そんなところでぼんやりしていると湯冷めするわよ?」
「姉貴…」
「どうしたの?」
「俺、もう一人姉貴が出来るかも」
「…あら、そうなの?だったら可愛い子が良いわね。一緒にお菓子を作りたいわ。どんな感じの子?」
「…放っておけない感じ…?」
「…あら、周助ってそう言う子がタイプだったの。ふふ、楽しみね~」

「………弟って」

楽しげに鼻歌を歌いながら去っていく姉の背中を見送りながら、彼女となら末っ子談義が出来る様な気がした。

不二 周助

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13.11.10