082.広がる波紋

「店長、何ですか、これ」

カウンター席にぽつりと置き去りにされた一枚のそれ。
客の忘れ物ではない。
こんなにも堂々と、あからさまに置かれた忘れ物なんて、聞いた事がないからだ。

「んー…?ああ、ハンター試験の参加証だな。お前さん名義の」
「同姓同名のお客さんの忘れものなんですね!」

そんなわけはないと思ったのは自分のはずなのに、数秒前の考えをコロリと覆す。
そうしなければ、危険だ!―――自分の中で、これでもかと言うほどに煩く鳴り響く警鐘。
もちろん、今までその警鐘が耄碌した事はなかった。
ついでに言うならば、それを避けられた試しも、ない。

「とりあえず、理由を聞いてみたらどうだ?」

どうせ回避できないんだからよ。
そんな心の声が聞こえた気がして、嫌々ながらもケータイを開いた。
休憩時間にはまだ30分ほど足りないけれど、店長自らこう言っているのだから、問題はないだろう。

「…私です。イルミさん、カウンター席に忘れ物ですよ」
『――?―――――――』
「…ええ、でしょうね。何でこんなものが存在するんですか?」
『――――――――――』
「知りませんよ、ゾルディックの皆さんの考えなんて!この際だからついでに言っておきますけど!
私、関係者みたいな扱いになってますけど赤の他人ですからね!?」
『――――――――――』
「…!だから…!!」
『―――、―――――』
「ちょ――――切れた!仕事中を理由に電話を切るなら仕事中に出るな!!」

一方的に!とケータイを床に叩きつける彼女。
ちなみに、ケータイにも店の床にも傷一つない。
どちらも特注品だからだ。
一方的なつながりに嫌気がさした彼女が、せめて、と自らのケータイを破壊すると言う暴挙に出たのは一週間前。
その翌日、ゾルディック御用達の店の特注品のケータイが、彼女の元へと届けられた。
しかも、きちんとアドレス帳から何から、完璧に再現された状態で。

「戸籍代わりにライセンスがあると便利だからって…戸籍が必要な事態って何!?」
「いや、もう答えはわかり切ってるよな、それ」
「みなまで言わないでください!現実だって受け入れたくないんです!だから関わりたくなかったのに―――!!」

何でこんな事に、と頭を抱える彼女の傍らで、早く諦めればいいものを、と肩を竦める常連客と店長。
この店でこんなにも長い期間、働いているというだけで、十分普通ではない。
彼女は、その事実を知らない。




「あの子、いつになったら気付くんだろうな?割らんばかりに磨いているあのグラスが200キロあるって」
「並の連中なら、ビンタ一つで顔面複雑骨折に追い込めるんだが…いつ、気付くんだろうなぁ…」
「それにしても…仕事中に電話に出てやるなんて、優しい所もあるじゃないか、イルミ坊」
「本人には全く届いてないけどな」

イルミ=ゾルディック

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12.05.13