068.こぼれ落ちるワイン
とある富豪の所有しているワインを運んでほしい。
運び屋への仕事が舞い込んできたのは、昨日の事だ。
首尾よく進み、既にワインは腕の中。
あとはこれを届けるだけなのだが―――その事を考えると、溜め息が零れた。
「…届ける先が問題なのよ、届ける先が…」
届け先は、とある高級ホテル。
一泊料金も一般のビジネスホテルとはゼロが3つほど違う。
ロビーのセキュリティも強固で、下手な格好では門前払いになりかねないため、仕方なくドレスアップまでするはめになった。
受付に向かうまでもなく近付いてきたホテルマンに、言われていた通りの名を告げる。
二つ返事でエレベーターへと案内された。
「流石に、早いな」
ホテルマンが立ち去ると、室内には二人だけになる。
開口一番そう言ったクロロに、ふん、と鼻を鳴らした。
「私を誰だと思ってるの?普通にお金を払って受け取ったワインを運ぶだけに、三日もかからないわ」
「だろうな」
差し出したワインを受け取った彼は、すぐにコルクを開けた。
早い、と言いながらも、既に部屋の中に用意されていたワイングラスをひっくり返し、ワインを傾ける。
透明のグラスの中に赤ワインが躍った。
ぐるりとグラスを回し、遠心力でワインが揺れ動く様子を一頻堪能し、それを飲む。
「…やはり、美味いな」
「そう。良かったわ。じゃあ、残りのお金は明後日までに口座に振り込んでおいて」
事が済めば用はない。
早々に退散しようと踵を返したところで、足が動かなくなった。
正確に言うと、腕を掴まれている所為で前に進めず、靴底が空を掻いた。
はぁ、と深い溜め息を吐き出し、文句を一言、と振り向く。
そこで、口の中に品の良い酸味が広がった。
「…美味いだろ?」
「……………ええ、そうね。このホテルのVIPルームに一年間泊ってもおつりがくるようなワインなんだから、当然よ」
「本来なら、VIPルームと言わずにホテル自体を買い取れる金額だ。あの男が正しい価値も知らない馬鹿で良かった」
「………はい?」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「ちょ…回すのやめて!零れる!!」
「お前には随分と投資しているつもりだが…相変わらず思考が庶民的だな」
「ほっといて!ちょっと!零れ……零れてるからっ!!本当に!!」
「もう一口どうだ?」
「要らないわよ!そんな馬鹿高いワインを飲んだら胃が変にな―――っ!!!
―――人の話を聞いてったら!!」
クロロ=ルシルフル / ラッキー・ガール