066.薔薇が咲いたら
「あら、見た事ない花ね」
そんな声が聞こえ、水やりの手を止めて顔を上げる。
蔵馬の傍らで、彼に背を向けるようにして何かを覗き込んでいる彼女。
その背中から近付き、何を見ているのかを確かめる。
「ああ…それも、薔薇だよ」
「そうなの?」
「品種改良の途中だけど」
「…品種改良って、簡単にできる物だったかしら…」
人間界で草花の品種改良は、ごく普通の家の庭先で行われる事はなかったはず。
研究所の類だったはずだ、と大して深くない知識を引っ張り出す。
「魔界の薔薇と掛け合わせたって言うか…食わせた?」
「ああ…そうね。魔界の薔薇は食欲旺盛なのがあったわね…」
妖狐として生きた時間よりも遥かに短いけれど、人間界の感覚に慣れていた所為で、植物が食べる、と言う事実に違和感を覚えた。
だが、順応性の高い彼女は、あっさりとその違和感を消し去り、意識を薔薇へと戻す。
まだ膨らみ始めたばかりの蕾が一つ二つ付いているだけの状態だが、どんな花を咲かせるのだろう。
薔薇だと言うのに、咲いた姿が想像できないのは、魔界の薔薇が入っているからだ。
魔界の薔薇がどう言う物なのかは―――説明すると、長い。
「…ご近所に迷惑をかけないようにね」
住宅地の一軒家なので、とりあえずそれだけは言っておく。
大丈夫だよ?と不思議そうに笑う蔵馬に、不安が募るのも無理はない。
植物に関しては、魔界の環境に慣れ過ぎている所為で、常識を忘れている部分がある。
さぞ微妙な表情をしていたのだろう。
彼はクスクスと笑い、そんなに心配?と尋ねた。
「それなら、薔薇が咲いたら見に来たらいいよ。俺は、君に悪影響を与える様なものは育てないから」
「…それもそうね」
様々な植物を育てた蔵馬だが、彼女の身を危険に晒した事はない。
だからこそ、その言葉には説得力があった。
「何色の花が咲くの?蕾が厚くて想像もつかないけれど…」
「それは咲いてからのお楽しみって事で」
背中から彼女を抱き寄せ、その肩に顎を乗せて同じ花を見つめる。
蕾に乗った滴がきらりと太陽を反射した。
南野 秀一 / 悠久に馳せる想い