058.近すぎて見えない
居心地が悪い。
言葉には出していなかったけれど、翼はそう感じていた。
先ほどからずっと、横顔を見つめられている。
気付いたのは随分前だが、言いたい事があるなら口で言うだろうと気にせずに放っておいた。
そうしたら、それから15分も、彼女は沈黙を貫いてきたのだ。
「…飽きない?」
漸く視線を合わせると、彼女はハッとした様子で首を振った。
どうやら、何となく翼を見ていた事は確かだが、何かを意識して見つめていたわけではないらしい。
ぼんやりしていた先に翼がいた―――と言うのが、わかり易い説明だろうか。
「あ、ごめん。ちょっと、色々考えてた」
「…みたいだね」
気にしなくてもよかった、と肩を竦め、再び雑誌に視線を落とす。
冷め始めたコーヒーを片手に、ページを捲る。
「…学生の頃ね」
「ん?」
「“椎名くんって格好良いね”って言われて、よくわからなかったの」
飲みかけのコーヒーを落とす代わりに、雑誌が膝から落ちた。
「………」
思わず動きを止め、脳内でもう一度、彼女の言葉を再生する。
ことり、マグカップを置く音が、やけに響いた。
「…へぇ?」
「怒らなくてもいいじゃない。ほら、家族の美醜には疎くなるでしょ?それと、同じ感覚だと思うの」
それは、近すぎたから、見えていなかったもの。
格好良い、格好良くないと言った容姿の話は、彼女には無関係だった。
ただ、傍にいるのが当然だったから。
「学生って言っても、小学生の頃よ。中学に上がって、翼と再会してからは…ちゃんと、わかったから」
女子が、あれだけ声を上げて騒ぐ理由を知った。
あぁ、こう言う事かと、驚くほどに納得できてしまった。
サッカーをしている彼は、確かに格好良かったから。
「翼はそんな事なかった?」
「………さぁね。忘れたよ」
ふいっと視線を逸らし、再び雑誌を読む姿勢に戻ってしまう彼。
話は終わりかな、と小さく笑いを零し、彼女が席を立った。
キッチンから洗い物の音が聞こえ、翼がそちらを振り向く。
「………初めて可愛いと思った日なんて…覚えてるわけないよ」
幼いながらも、翼はちゃんとそれを理解していた。
他の友達とは違う何かを感じて、幼いなりに彼女が大切だと思っていた。
その感情の始まりなんて、覚えているはずがない。
「…ま、別にいいけど」
今、こうして二人で生きる現実があるのだから。
椎名 翼 / 夢追いのガーネット