055.交差する目線

人の世に生きるなら勉学が必要だと言われ、勧められるままに高校まで進学した。
幸いなことに、人よりも優れた知能はそのままで、受験に困る事もなかった。
入学式が終わり、担任から「新入生として~」と長い話を聞く。
やがて、HRが終わると、朝よりも重くなった鞄を持ち上げて教室を後にする。
今日顔を合わせたばかりのクラスメイトからの誘いは、申し訳ない表情を浮かべて家庭の事情で、と断った。

足早に校舎を出て、校門へと向かう。

「お疲れですか?」

肩から聞こえる声に同意するには、人目が多い。
そうね、と心の中で頷くと、労いの言葉が返ってきた。

校門を抜けるか、と言う所で、ふと、視線を感じた。
人からの好奇の視線には慣れている。
一般よりも優れていると噂される容姿は、良くも悪くも人目を集める物だから。
しかし―――この時感じた視線は、それとは少しだけ異なっていた。
いや、そう感じただけなのかもしれない。

足を止め、校舎を振り向く。
多数ある窓の一つに見える生徒の顔など、本当に小さなものだ。
知っていて初めて個人を特定できる程度の大きさのそれを、じっと見つめる。
何の根拠もなく、彼の視線だと確信した。
視線が絡んだのはほんの数秒。
私は、再び歩き出す。

「どうかなさいましたか?」
「…何でもないわ。たぶん…気の所為」

人目が疎らになったところで、舌先の動きだけでそう答える。
気の所為―――それだけで片付けるには、本能がいやに騒ぐ。
何かが変わるかもしれないと感じた。



色めくクラスメイトの視線を向けられる事には慣れている。
困ったような笑みにさえも、彼女らは小さく歓声を上げた。
違う―――聞きたい声は、これじゃない。
ずっと、誰かを探していると言う感覚だけが自分の中にあった。
それを自覚したのがいつだったのかは覚えていない。
一番古い記憶の中でも、やはり自分は誰かを求めていた。

「…何だろうな」

自嘲するように呟き、ふと窓の外に視線を投げる。
入学式だけの今日は終了時間の重なりから、校門から出ていく生徒は多い。
その中の一人が、こちらを振り向いた。
目があったと自覚できる距離ではない―――けれど、確信する。
彼女が今、自分を見ていると。

「………」

数秒が数時間にも感じる様な不思議な感覚。
やがて、彼女は何事もなかったように校門から出て行った。

何かの変化を感じ取ったのは、彼もまた同じだったのかもしれない。

南野 秀一 / 悠久に馳せる想い

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11.12.19