050.チョコレートキス
「ローさんローさん」
ちょっと、と肉球が頬を押す。
肩に乗った彼女は決して重くはないけれど、こうしてぷにぷにと頬を突かれては作業の邪魔だ。
鬱陶しそうな視線を向けたローに、猫の彼女は深々と溜め息を吐く。
「顔がいつもに増して凶悪になってるよ」
子どもが泣いて逃げるよ、なんて。
もちろん、いつもに増してと言う部分を気にするような男ではない。
「甘いものでも食べて、糖分を補給したら?」
そう提案する彼女の視線は、目元の少し下。
肌細胞の深層まで刻まれた、彼の隈だろう。
「ほら、ここに用意してあるから」
肩を下りた彼女が人の姿に戻り、棚から小さなアルミ製の箱を持ってきた。
お菓子メーカーの銘が入った箱は、どこかの店で売られていた物なのだろう。
既に開封した形跡のあるそれを開く。
縁が当たったのか、グワン、と音が鳴った。
「…チョコレートか?」
「うん。ここのメーカーの美味しくて好きなの」
そう言うと、勧めたはずの彼女が、一つずつ包装されたそれを取り、ひょいと口に放り込んでしまう。
途端に、ふやける様に微笑んだ彼女の、幸せそうな顔。
彼女はそのまま口の中の甘さを楽しみながら、箱からもう一つを取り出した。
ぺりっと封を剥がし、ローへと差し出す。
彼は大人しくそれを食べた。
「…甘すぎないな」
「でしょー?」
「で、いつの間にこの部屋に持ち込んだんだ?」
「ん?んー…ヒミツ!」
悪戯に笑った彼女は猫に姿を変え、ローの肩へと戻る。
帰って来たぬくもりを首筋に感じながら、蓋をあけたまま置いてある箱からもう一つを取り出した。
視線を向けず、作業をしながら片手で食べようとした所為で、口の端にチョコレートが引っかかる。
「ローさん、子どもみたいだよ」
そんな笑い声の後、口元に感じたざらりとした感触。
思わず視線を向けた先には、想像以上に近い位置に彼女がいた。
彼女にとっては何でもない行動だったのか、その興味は既に別の所にあり、視線はローを見ていない。
「どうせなら人間の時にしてくれよ」
「ん?」
尋ねる彼女への返事はない。
トラファルガー・ロー / Black Cat