037.空回り

日直だからといつもより早くに登校した。
それなのに、職員室に向かうと教室の鍵は既になく。
手持無沙汰に階段を上がり、教室へと向かった。

「あ!お、おはよう!」

がらりと教室の戸を開けると、上ずった声が聞こえた。
もう一人の日直が、担任の趣味で置かれている花瓶に水を差している所だった。

「おはよう。ごめんね、遅かった?」
「そんな事ないよ!大丈夫!僕が勝手に―――」
「あ、鍵、ありがとう。日誌は私が書き始めるわね」

向けられる好意に気付かないほど鈍くはないので、微妙な空気にならないよう舵を取る。
笑顔一つで赤面するなんて、初心だなぁと思いつつ、教卓にある日誌を手に自分の席に座った。
筆箱からシャーペンを取り出して、日付と曜日、そして日直の名前を記入していく。
書くべき欄を迷う事無く埋めていくと、近付いてくる気配を感じた。

「手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。他の事はしてもらったんだし、日誌は任せて?」

1冊の日誌の何を手伝おうと言うのか、とは思ったけれど、顔には出さずに答える。
顔を上げずに手を動かしている間中感じる、視線。
慣れていないのは構わないけれど―――少しは遠慮してほしい、と思う。
本人は気付いていないが、廊下からの殺気が肌に痛い。

「…。そう言えば、1時間目の授業は世界史なのよね」
「あ、教材がいるんだよね!俺、取ってくるよ!」

何を言わずとも率先して動き出した彼は、あっと言う間に教室を出て行った。
数秒後、入れ替わるようにして蔵馬が姿を見せる。

「おはよう。あまり使いっぱしりにしたら気の毒だよ」
「気付かないにせよ、あんな殺気を浴びている方が身体によくないと思うわ」
「君と一緒にいるんだから、仕方ない」

諦めてくれないと、と笑う彼。
朝の爽やかさとは裏腹に、一癖も二癖もありそうな表情だ。
もちろん、長い付き合いだからわかる程度の違いだけれど。

「それにしても…彼、俺の事を知らないのかな?」
「思い込みが激しくて、相手に尽くし過ぎるタイプなのよ」
「なるほど。良かれと思った事が裏目に出るタイプか…」
「ええ。世界史の授業で、教材を使っていたのは先週まで。彼は休んでいたから知らないだろうけど」
「…わかっていて、人が悪いね」
「人助けよ。あの調子では、HRの前に倒れるわ」

肩を竦め、日誌の続きに取り掛かる。
伸びてきた彼の指先が髪の毛を遊んでいるけれど、そこに不快感はない。
気にする事無く、今の時点で書ける部分を仕上げて顔を上げると、すぐ近くに蔵馬の顔があって思わず瞬きをした。

「あまり俺以外の男と二人きりにならないように」

耳に直接語りかける声に、落ちない女がどれほどいるんだろう―――是、と答えながら、そんな事を考えた。

南野 秀一 / 悠久に馳せる想い

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11.11.10