031.もう一歩、あと一歩
前を行く骸の背中を見つけ、自然と浮かぶ口元の笑み。
ふと、首を擡げて来たのは、子どもっぽい悪戯心。
気配を消し、息を殺し―――ゆっくりと、その背中に近付く。
窓の外を見つめて動かない彼まで、あと数メートル。
骸が気付いているなら、もう既に私を振り向いているだろうから、気付いていないと確信していた。
大丈夫、上手くいく―――心が、踊る。
あと、5メートル、4メートル、3メートル…そして。
「まぁ、普通に考えて…あなたが気付いていないはずがないわよね」
少しだけ拗ねた私の言葉に、骸が小さな苦笑を浮かべた。
その腕に、しっかりと抱きしめられたまま…溜め息を吐き出す。
そう、何を思い違いをしていたのか―――骸が、気付いていないはずがなかったのだ。
いつでも、いつだって、彼は私の気配に気付き、振り向いて…どこか安心したように、笑うから。
「次からは気配を消すなら、屋敷に入る前に消しておいてくださいね」
「…随分と範囲が広いわね」
屋敷内なら、全てを把握しているとでも言うつもりだろうか。
そう思って見つめてみたけれど…骸なら、あり得るかもしれないと思った。
どこにいても、彼は私を探し出してしまうから。
「骸を驚かせるのは無理そうね…」
諦めるわ、と肩を竦めた私。
緩んだ腕から抜け出し、追い越すように廊下を歩き出す。
―――そうでもありませんけれどね。
後ろで呟かれた声に気付かなかった。
六道骸 / 黒揚羽