030.手を繋ぐ勇気
―――頑張るの、ほんの少しでいいんだから。
そう、心の中で自分自身を叱咤激励する。
ほんの少し…ほんの少しだけ、勇気を出して、手を伸ばせばいい。
少し手を動かすだけで、目的は達成されるのだ。
王女として育ち、名実ともに深窓の姫だった彼女は、異性と触れ合う事に慣れなかった。
さりげない躱し方を取得していたから、誰も不自然には思わなかっただろう。
彼女自身ですら、気付いていなかったから。
その代わり、エスコートされる事には慣れていた。
だから、紳士的に差し出された手に自らの手を重ねる事に抵抗はない。
けれど―――自分から手を伸ばすのは、全く違っていた。
「今日はどうしたの?」
「え?な、何が…?」
もう少し、と伸ばしていた手を引っ込める。
何も悪い事はしていないのに、心臓がバクバクと煩い。
顔を上げれば、苦笑を浮かべた彼がこちらを見ていた。
「何だか、挙動不審だよ?悩みでもある?」
「…悩み…」
なのかしら、これは。
その事に少し悩み、やがて首を振った。
「そうじゃなくて…迷ってる…とも違うわね。慣れないから困ってる…ええ、これが一番正しいわ」
「戸惑いって事?」
彼の問いかけに肯定の頷きを返す。
「手伝える事はある?」
「…いいえ、私が慣れるか…勇気を出せばいいだけだから」
「勇気―――よくわからないけど、大変そうだね」
彼女が何をしようとしているのかはわからないけれど、それは彼女にとって重要な事なのだろう。
頑張って、と声をかけると、困ったように微笑んだ。
そんな顔をさせてしまった理由はわからないけれど…とりあえず、今は彼女の好きにさせておいた方が良いのだろう。
視線を戻し、再び歩き出す。
彼が彼女の行動の意味を知ったのは、それからしばらく後の事だった。
1主 / 水面にたゆたう波紋