004.線を引く
「他の何を使っても触っても咎めないけど、この棚にだけは触らないで。寧ろこれ以上、近付かないでほしい」
いつの間にか、ほとんど毎日泊り込んでいくクロロを受け入れてしまった。
同棲なんて、と昔ならば思ったかもしれないけれど、この世界ではそれを気にするような家族も周囲の目もない。
気にした方が負けだと思う事にして、それならば、とルールを作った。
と言っても、私が彼に望む事はただ一つ―――これ以上、とナイフで引いた線を越えない事。
「…見たところ、念が込められているわけでもないただの本が並んでいるだけに見えるが」
彼がそう言うのも当然だ。
だって、ここに並んでいるのは、何の変哲もない、ただの本だ。
正確性を増すならば、“私が書き記した本”と言うべきだろう。
念なんて、込めていない。
「近付いたらどうなるんだ?」
クロロがそれを尋ねたのは、興味本位だったのだろう。
私は彼を振り向き、笑顔で答える。
「死ぬ事になる」
「…俺が?」
少しの間を置いて、クロロが問う。
お前が殺すのか?と言いたげな表情だ。
もちろん、私には彼を殺せない。
感情論の話ではなく、実力的な問題で不可能なのだ。
「私が」
彼が触れた瞬間に死ぬわけではない。
ただ、この内容をこの世界の誰かの目に触れさせてしまったら…私はきっと、生きていられない。
それが、全てを知っている私の、責任だ。
「意味が解らないな」
「解らなくていい。納得も、必要ない。ただ、近付かなければいいだけの話。尤も…クロロが、私に死ねと言うなら…近付いてくれて構わない」
彼が本当にそう思っているなら、私の命はこの次の瞬間には終わっているだろう。
そんな確信があるからこそ言える事。
「教えるつもりは?」
「死んでもないよ」
「…隠されると暴きたくなるんだが…仕方ないな」
私が隠す事と、私自身の命を天秤にかけた時、ギリギリのところで命の方がほんの少しだけ重かったようだ。
床板に刻んだ線を見つめ、小さく息を吐く。
死にたいなんて思っていないから、こんな風に命を懸けるのは―――正直、心臓に悪い。
「俺がその本を手に取りたいと思わないように頑張ってくれ」
全てを知っているような顔で、彼はそう笑った。
クロロ=ルシルフル / ラッキー・ガール