003.触れられない距離
ギリッと目の前の氷に爪を立てる。
温度によって溶ける事のない氷は、数年経った今も尚、XANXUS様と私の間に存在していた。
この氷を生み出した9代目を恨む気持ちはない。
9代目の気持ちも、XANXUS様の気持ちも…全てとは言えないけれど、少しくらいはわかっているつもりだ。
ピンと張りつめた二人の関係は、いつか必ず爆発するのだと、気付いていたから。
けれど、私は二人の想いを知っているからこそ、いつかは分かり合えると思っていた。
これは、二人の関係は時が解決するのだと視線を逸らした、私の責任でもある。
でも、それでも―――
「…あなたに触れたい」
触れたい、触れてほしい。
愛していると言う言葉がなくてもいい。
その心を伝えてくれる、不器用なぬくもりが恋しかった。
寂しさを紛らわせるように、子育てとヴァリアーのために我武者羅に進む毎日。
ふとした時に込み上げる叫びたくなるような衝動を抑える術を、私は持っていなかった。
そうして、夢遊病のように霞がかった思考で辿り着いた場所は、ここ。
どれだけ手を伸ばしても、どれだけ声を絞っても―――触れられない、距離。
私たちを隔てる数センチのそれが、酷く苦しい。
指先から、手の平から伝わるのはぬくもりとは真逆のもの。
苦しくて切なくて―――声もなく、泣いた。
そっと手を伸ばす。
額にかかった長くない黒髪を指に通し、彼がそこにいる事に笑みを浮かべた。
彼を起こす事無くこんな風に触れる事が出来るのは、きっと私だけ。
プライドも何もなく、全てを晒してくれている事実が、胸がつぶれそうなほどの幸福だった。
ふと視線を向けた先では、時を刻む針が動いている。
―――夜明けはまだ遠い。
幸せを噛み締め、彼の腕に寄り添って、静かに瞼を伏せた。
小さな寝息が聞こえ、ゆるりと瞼を開く。
起こされたと言うわけではなく、寧ろ自然すぎるほどの穏やかな覚醒だった。
慈しむように触れた彼女の指先、その温度。
「…………」
夢に泣いたのだろうか。
彼女の目元に残る一筋の涙の痕を見つけ、その原因を知る。
時折、存在を確かめるように触れてくるから、考えるまでもなかった。
痕を消すように親指でそれをなぞる。
彼女の身体を強く、より深い場所へと抱き込む。
眠っているはずの彼女が、薄く微笑んだ。
きっと、夢を見る事無く、穏やかな朝を迎えられるだろう。
XANXUS / Bloody rose